<福寿ファン必見!>遊佐福寿工人の生涯をこけしや木地玩具で綴る一代記「福寿物語」公開中! 

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第470夜:秀顯さんの竹雄古作写し

Hideaki_takeo5sun_utushi_kaoue 8月になり梅雨も明けてコロナ禍の中、猛暑も加わって厳しい自粛生活が続いている。こけしのイベントも無く、産地にも行けず、大沼秀顯さんには名古屋こけし会頒布の参考のための岩太郎と竹雄の古作3本を預けておいた。今回名古屋の頒布が終わったので、岩太郎が戻ってきた。また、預けておいた竹雄こけしの内、小寸物とその写しの試作が送られてきた。今夜はそのこけしを紹介しよう。口絵写真は、その表情である。

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第469夜:秀顯さんの岩太郎写し(名古屋こけし会頒布)

Hideaki_iwataro_nagoya_kao 今月の12日に名古屋こけし会の7月例会が開催された。その頃は未だ全国的に新型コロナウィルスの感染者数は落ち着いている状態であり、東京こけし友の会の7月例会も開催の予定で準備を進めていた。その後の惨状は周知の通り。今となっては、東京も名古屋もとても例会の開催は出来ないような状況になってしまった。この名古屋の7月例会では、大沼秀顯さんの岩太郎写しの頒布が決まっており、頒布会員になっている国恵にも後日、この頒布こけし2種が送られて来た。友の会での初頒布後の2作目であり、それを並べて見比べるのも楽しいものである。今夜は、その名古屋頒布こけしの紹介である。口絵写真はその表情である。

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第468夜:精助のこけし(2)

Sesuke_s15_kao 弥治郎の高橋精助のこけしは、その辛口な表情と豪快な姿が気に入っている。しかし、精助のこけしは昭和14年に復活する以前のこけしは殆ど残っておらず、復活後16年までの3年間に作ったこけしも数はあまり多くはない。以前に入手した精助こけし(鈴木鼓堂旧蔵)は6寸強の大きさであるが、その存在感は大寸物にも指摘するほどである。今回ヤフオクで入手した精助もそれとさほど変わらない大きさであるが姿はやさしい。今夜はそのこけしを紹介しよう。口絵写真はその表情である。

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第467夜:末吉の円らな瞳

Suekiti_s15_kao 東京では連日200~300人の新型コロナ感染者が出ているのに、これといった有効な対策は講じられず、個々人による3密自粛に委ねられていることにもどかしさを感じる人は多いであろう。感染すると重症化が懸念される我々高齢者は、ひたすら自宅でコロナ禍を避けているしかない。本ブログの更新も日が空いてしまったが、気を取り直して頑張ろう! 花巻の佐藤末吉のこけしは結構好きなこけしの一つである。南部系の土地柄ということもあってか、形態にはキナキナの様式も取り入れられ、南部系と鳴子系の折衷こけしという雰囲気もある。末吉のこけしは目が大きいものが多いのだが、戦前の昭和15年頃の目は、その無垢で円らな瞳が何とも愛らしく、欲しいこけしであった。先日のヤフオクでそんな末吉を入手したので紹介したい。口絵写真はその表情である。

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<閑話>夜の爪切り

Nail_cut_night 世界最多の新型コロナ感染者を出している米国でようやくMLBが始まった。日本人3選手(大谷、筒香、秋山)は初戦から皆安打を放ち、特に筒香は2ラン、秋山はタイムリーを打って華々しくMLBデビューを飾った。さて、我が家は朝日新聞を通読しているのだが、土曜日には12頁の別刷りが付く。昼食のパンを口に運びながら頁を捲っていると、小池真理子氏の「月夜の森の梟」というエッセイに目が留まった。内容は「夜、爪を切ると大切な人の死に目に会えない」という言い伝えの話。小池氏は父が無宗教者、母は自然崇拝者、夫は無宗教だったが縁起担ぎがあって爪切りは必ず昼間に行っていた。ところが小池氏は縁起を気にせず、爪は決まって夜に切っていたとのこと。その結果、小池氏は父母そして夫の死に目には会えなかったと綴っている。もちろん、それを後悔している訳ではなく、冬の朝の明るい光の中で亡くなった夫のことに想いを寄せながら、やはり夜になって爪を切っていると結んでいる。このエッセイを読んで、自らのことに想いを巡らすと、そう言えばまだ小学校の頃であったろうか、自分もそんな「夜の爪切り」の話を祖父か両親かはたまた親類や近所の年配者からか度々聞いていた気がする。今は全く気にしない気質になっているが、小さい頃には結構気にしていた事を思いだす。そして思い返せば、同居していた祖父を始め、若くして亡くなった母、そして父、更には親類の方々の臨終の席には一度も立ち会っていないことに気付いたのである。小池真理子氏も筆者も、昔からの言い伝えの呪力からは解き放されてはいなかったのであった。

第466夜:正吾さんの忘れ物(正吾さん追悼写真)

Syogo_so_design0 鳴子の高橋正吾さんが亡くなって、ちょうど一か月。今日は月命日に当たる。コロナ禍で未だ焼香にも行けない中、鳴子に行けば必ず会えた正吾さんが亡くなったことは現実に思えない。その寂しさはじわりじわりと染み渡ってくるのだろう。今年の3月末、ヤフオクに無垢の木地物(こけしではない)が出品され、その解説に高橋正吾作とあったことから頑張って入手し、正吾さんに見せて話を聞こうと思っていた。それから2か月も経たない内の正吾さん急逝で、その楽しみは永遠に実現されず謎のままで残ってしまった。今夜は、その木地物を紹介すると共に、正吾さんを訪問した折々に撮って来た正吾さんの写真を掲載して、正吾さんを偲びたいと思う。口絵写真は、正吾作の木地物の頭部である。

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第465夜:まさかの格安品が・・・(友の会7月例会は「中止」)

Zenmatu_s14_kao 暫く更新を滞っている間に東京を中心に新型コロナの感染者が急増し、東京では連日300人に迫る勢いになってしまった。友の会の7月例会は開催の予定で準備を進めてきたが、流石にこの状況下に東京での開催は不安要素が多く、本日「中止」の決定がなされた。せっかく楽しみにして予約を頂いた方々には申し訳ない結果となってしまった。なお、8月例会も、現状は開催の予定であるが、今後のコロナ次第である。ここのところ、こけしの新規入手が無く、暫く前の5月下旬の話である。ヤフオクに出品価1円で鳴子の1尺のこけしが出品された。緑の色は殆ど飛んでいたが、戦前のこけしと思われるものであった。胴底には「鳴子 菅原作」と記載されており、解説では菅原和平作となっていた。一人の応札があり、国恵が入札して11円となった。そのまま数日が経過し、締め切り10分前になっても11円のまま。これは大変な掘り出し物かと期待したが、流石にそんなうまい話にはならず、結局落札は出来たものの、まあまあの価格にはなってしまった。今夜はそのこけしを紹介しよう。口絵写真はその表情である。

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第464夜:甚四郎こけしとの縁・・・

Jinshiro_s17_kao 自粛一斉解除後、徐々にコロナの新規感染者が増えていた東京で、遂に一日100人を超えた。友の会の7月例会は参加者数を制限しての開催で準備が進んでいるが、より一層気を引き締めなければならないだろう。さて、もう10年以上も前になるが、こけし店「あおぞら」が新橋にあった頃、店主よりお誘いがあって店に顔を出すと、保存の良い鳴子のこけしがあった。大沼甚四郎の戦前のこけしだと言う。今作ったのかと思われる綺麗さに逆に古品らしさを感じられず、その時は購入を見送ってしまい、その後甚四郎こけしとは縁遠くなってしまった。先日、「甚四郎のこけしは要りませんか?」というお話があり、そのこけしは保存が良く、胴底に「陸奥売店」の印があるとのこと。そこで、こけし手帖のバックナンバーを探してみると、第496号(平成14年5月)に、友の会の柴田長吉郎・元会長が「陸奥売店のこけし・大沼甚四郎」という記事を書かれているのが見つかった。そこには陸奥売店の甚四郎の写真(白黒)も載っており、それを脳裏に刻んで、今回の甚四郎こけしを見せて頂いた。今夜は、そのこけしを紹介したい。口絵写真は、その表情である。

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第463夜:正一のえじこ

Syoichi_s34_zentai 今日から7月が始まった。オリンピックイアーと呼ばれた2020年が、こんな形で半ばを迎えるとは誰が想像したであろうか。一か月余りに及ぶ自粛期間を終え、徐々に各種制約の解除が進んでいるが、まだまだ感染者0には程遠い状況が続いている。そんな中、コロナとは直接関係ないであろうが、5月末からのほぼ一か月間で4名の工人(新山学、小林定雄、今泉房雄、高橋正吾)が黄泉の世界に旅立たれて行った。戦後の第二次こけしブームを支えた方々である。時の移り変わりは静かにそして確実に進んでいるのであろう。さて、先日、ヤフオクで佐藤正一のえじこを入手したので、今夜はその紹介をしたい。口絵写真は斜め上からの全体像である。

 

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★高橋正吾さん逝去(再)★

コロナ禍で産地訪問もままならない中、悲しい知らせが入ったきた。鳴子の最長老、高橋正吾さんが昨20日20時24分に亡くなられてしまった。ここ暫くはコロナのために連絡もしていなかったが、5月頃から体調を崩して2週間ほど入院をされていたとのこと。詳細は未だ分からない。正吾さんには懇意にして頂き、ここ数年は年に数回、鳴子に行くたびに訪問して色々とお話を伺い、こけしも沢山作って頂いた。最後の訪問は昨年の12月、90歳を迎える直前であった。その時お願いして作って頂いたこけし(90歳最初の作)が直接入手した最後となってしまった。正吾さんは高齢にもかかわらず、頭脳明晰で昔のお話を伺うのが何よりの楽しみであった。同級生であった遊佐福寿さんのブログ「福寿物語」を始めて、これから正吾さんに福寿さんとの昔話も聞きたいと思っていた矢先でもあった。只々、残念の一言である。また一人、こけし界の巨星が旅立ってしまった。今はただ、正吾さんのご冥福をお祈りするのみである。

◆正吾さんのご家族のご要望で、本日の葬儀終了まで、掲載を一旦取りやめていました。

«第462夜:渡辺和夫の初期こけし

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