本ブログのブック版の制作を始めました!
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正月行事も一段落して普段の生活に戻りつつある中、本日午前中に大沼秀顯さんからこけしが届いた。昨年6月、鶯谷の「ねぎし」に来られた折にお貸しした元村岩太郎のたちこの復元作が出来たので送ってくれたものである。昨年末には出来上がっていたそうだが、新年の初こけしとして国恵志堂にやってきた。年明けに相応しい作品なので、紹介しよう。
正月2日目は恒例の箱根駅伝を見物! 走路の国道1号線は家から徒歩15分程であるが、最近はTVでの観戦で済ませてしまう。それにしても今回第5区山登りで、青学が3分半もの時間差をひっくり返して往路優勝を成し遂げたのには大驚愕! これだから箱根駅伝は止められない… さて、今年最初のこけしは大滝武寛、昨年末ヤフオクで落札し、元旦早々に送られてきたものである。
明けましておめでとうございます!
筆者の新春最初の仕事は、年が変わって瞬時に東京こけし友の会のHPを更新することで、今年も無事に済ますことができた。昨年の3月に75歳を迎え、今年は後期高齢者として1年目となった。世の中、物騒な時代となりつつある中、今年一年の平穏を祈りたい。口絵写真は佐藤春二の表情である。
今年も大晦日を迎えてしまった。本ブログは毎年30日に閉めるのであるが、昨日は納会があったため、今日になってしまった。今年も一年で50夜ほどしか進んでおらず、忸怩たる思いである。10日程前に新山久治の戦前作を入手した。久治の戦前作は1本しか持っておらず、その久治については、千夜一夜(1)の896夜(12/30)で紹介している。それから12年も経った同じ年末に2本目を紹介することになった次第で感無量である。口絵写真はその久治の表情である。
笹森淳一こけし展の作品を見に、ひやねに行った折、盛秀の古品を見せて頂いた。それは通称「古型ロクロ」と呼ばれているもので、国恵志堂のコレクションの中でも特に力を入れて集めている型であった。この型の盛秀古品は1本持っているが、保存状態が良くなく特に色彩は見るべきものがなかった。今回見た作品はその色彩が鮮やかに残っており、一目で惚れてしまった。購入は可能ということで大奮発して入手した。今夜はそのこけしを紹介しよう。口絵写真はその表情である。
昨14日(日)は友の会の12月例会が行われた。12月はいつもの月と異なり第2日曜日の開催となっており、久し振りに参会された方を含め40人余りの方々が出席された。年末の開催ということもあって、招待工人は無く、新品の頒布こけしも無かったが、この一年間の頒布こけし、おみやげこけしに文献も安価に頒布された。第二部の持ち寄り鑑賞会の代わりに会員交流会が開催されて、各自持ち寄ったこけしを並べての話に花が咲き、今年最後の例会を締めくくった。口絵写真は、丑蔵の四輪車。
22日~23(日)まで、東京神田の書肆「ひやね」で笹森淳一工人のこけし展があった。筆者は友の会の例会準備で会期中には行けないので、金曜夜の前夜祭に出掛けて作品を見せて貰った。この時期、例年だと「山河響の会」のこけし展があるのだが、今年はお休みということで、笹森さん一人の展示会となった。70歳を越えたと言うが、相変わらず若々しく、素晴らしい出来栄えの作品が並んでいた。
23日(日)は東京こけし友の会の11月例会があった。今年最後の3連休の中日であったが40名を超える参加者があった。招待工人は土湯系の笹原綾工人。神奈川在住とのことで直接お越し頂いた。おみやげこけしは弥治郎の高田稔雄工人で6種類。新品頒布こけしは4工人の力作が並んだ。ミニギャラリーは笹原工人に因んで土湯系こけしの解説。第二部の鑑賞会も土湯系で佐久間俊雄工人。初期作から、短い製作期間全般に及ぶ作品が持ち寄られた。口絵写真は俊雄のえじこと豆こけし。
戦前、弥治郎の新山福太郎の弟子だった小関幸雄が竹井の自宅で木地業を始めるにあたり、福太郎とは違ったこけしを作った。そのこけしはその形態から「ステッキこけし」と呼ばれたことを、千夜一夜(1)の第1000夜に記した。今回、このステッキこけしの小寸ペッケタイプを入手したので紹介しよう。
大寸でも一筆目の静助こけしは好きなこけしの一つである。「木の花(第3号)」に載った『静助こけし発掘の由来』には心が躍った。しかし製作期間が1年程という静助こけしは残存数が少なく、入手する機会にも恵まれず、静助型こけしを集めることで我慢していた。先月ヤフオクに出品された静助こけしは1尺2寸という大寸であったためか応札数、応札価格とも控え目となり遂に入手することが出来た。今夜はその静助こけしを紹介しよう。口絵写真は表情である。
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