第69話:勘治型(h12年)

h12)尺1寸5分。平成12年12月。本誌の最終確認のために鳴子に出掛け、福寿さんに話を聞いた。相変わらずソニー頒布のこけしと達磨の製作に忙しく、普通のこけしは作れない由。このこけしは気分転換に作ったとの事で、(32)を引き継いだ西田勘治型である。頭が大きく、胴は太く短くどっしりとしている。蕾の添え葉が一筆描きとなり、より「原」に忠実な作となっている。

第68話:勘治型(h8年、h10年)

h8)8寸。平成8年6月。鳴子に行き福寿さんより入手。作行は前年と変わらない。頭の蕪形がややはっきりしている。

h10)尺1寸1分。平成10年11月。紅葉の賑わいも終わった11月の下旬に福寿さんを訪問。このところソニーの頒布で忙しく、通常のこけしはなかなか作れないとのこと。本作はそんな中で昔作った勘治型を思い出して、出来るだけ「原」に忠実に作ったものである。サンプルとして工房に置いてあったものを無理を言って譲っていただいた。胴模様からして「原」は「西田勘治」と思われるが、大きさは「原」より小さめである。このこけしを22頁の「西田勘治」と比べると、その忠実さが良く分かる。この作と例えば(30)の原寸勘治型と並べてみるとその違いは大きい。当初、西田勘治の写しから出発した福寿さんの勘治型はその後、徐々に変化をしていき現在の勘治型に至っている。この時期に福寿さんが勘治型を原点に戻って製作したのは意義のあることだと思う。これを機会に福寿さんの勘治型がどのように変化していくか大いに楽しみである。

第67話:勘治型(h6年、h7年)

h6)尺1寸5分。平成6年7月。現地訪問にて入手。頭および胴の形態に変化はない。面描では鬢が再び内側に寄ったため表情は(27)と酷似しているが、前髪が縦に長くなってかなり下まで垂れており、顔を圧迫したような感じとなっている。

h7)尺1寸5分。平成7年12月。年末に福寿さんより送付してもらったもの。木地形態と胴模様は前年作と同一と言える。従って変化は面描だけとなる。前髪の位置が上がり顔の圧迫感は無くなった。両目が水平に近くなり眼点もやや大きくなったため、このところ「きつめ」であった表情が温和になった。緑の色がブルーに近い色調となっている。

第66話:勘治型(h4年、h5年)

h4)尺1寸5分。平成4年12月。福寿さんからの送付により入手。ここ数年勘治型では大きな作風の変化は見られなかったが、本作では久し振りに変化している。まず胴の形態が全年よりさらに細くなって反りも少なくなり直線的となったのが目に付く。また、肩の山の盛り上がりも前年とは対照的に低く小さくなった。従来から見慣れていた勘治型の形態とは一風異なる雰囲気のこけしとなっている。顔の描彩も前髪の幅が狭くなってその分両鬢の間隔も狭まり、顔の面積が狭くなった。その結果、目鼻は小振りとなって顔の中心に集まっている。表情的には(9)に近い感じのこけしである。

h5)8寸。平成5年6月。久し振りに現地訪問にて入手。昨年末に送付してもらった作が、肩の山が低く胴も直線的だったので、その後の変化に注目していたが、肩の山も高くなり従来の形態に近くなっている。胴模様の描彩に変化はないが、面描では鬢がやや外側に描かれた分、顔の面積が広くなったが、目の位置は下がって顔の中央よりも下になっている。

第65話:勘治型(h2年、h3年)

h2)尺1寸5分。平成2年10月。福寿さんより送付してもらったもの。形態的には頭が丸くなり、肩のカーブと山も大きくなって胴も湾曲が減って太めとなり、全体的に丸みを帯びたこけしである。描彩面では面描、胴模様とも前年と変わらない。

h3)尺1寸5分。平成3年12月。これも福寿さんより送付願ったもの。以前は毎年のように鳴子を訪れていたが、ここのところ出かける機会がなく、福寿さんにお願いしてその年のこけし(特に勘治型)を送ってもらっていた。最近の勘治型では、特に頭の形が丸くなったり、角張ったりしていたが、本作ではかなり角ばっており、頭頂も平になって縦長の四角形のようである。胴もやや長めとなってスマートな形態となっているが、肩の山は大きく胴と一体のようになって昭和40年前後のこけしを思わせる。描彩面では、このところ下がりぎみだった前髪の位置がやや頭頂に近くなり、その分顔全体の描彩が上寄りに描かれている。また目鼻の距離が狭くきつめの顔となっており、表情は(17)に似ている。

第64話:勘治型(s63年、h元年)

s63)8寸。昭和63年6月。4年ぶりに鳴子を訪れ、福寿さんより出来立てのロー引き無しを譲って貰ったもの。長めだった頭も元に戻り、均整のとれた胴とよくマッチしている。目は前年の「盛の目」を踏襲しているが、程良い太さの瞳となって吊り上がり気味に鋭い視線を投げかけている。眉毛は太くはないが躍動感が溢れている。勘治型として久し振りの快作であり、これも福寿さんの代表作の一つに加えて良いだろう。これとほぼ同趣の作が昭和64年1月の東京こけし友の会で頒布され、その年の「友の会賞」を受賞している。訪問時に聞いた話では、最近は黄胴の人気がないため殆ど白胴にしているとのことであり、真に残念なことである。

h1)尺1寸5分。平成元年10月。再び頭がやや長めとなり、形態は(22)60年作と同じような感じとなった。(22)(23)と続いた鋭く細い「盛の目」がやや太く水平に近くなったため、前年作にみられた張り詰めた表情は影を潜め、落ち着いて穏やかな表情に変わっている。この頃より上瞼の目尻が切れ長ぎみに伸びて下瞼に被さるようになった。胴上下の緑のロクロ線は太くなり、色も濃い緑に変わった。

第63話:勘治型(s61年、s62年)

s61)尺1寸5分。昭和61年8月。これも送付してもらったもの。前年作では作風が一変していたので、その後の変化を注目していたが、長年作り続けてきた従来の勘治型へ復帰したようである。形態は頭がやや小ぶりとなったほかは前年作とほぼ同一である。面描は鬢は未だ小さめであるが後ろ跳ねが復活し、眉毛にも勢いが出てきた。注目の下瞼も下に膨らむ従来の様式に戻った。

s62)尺1寸5分。昭和62年6月。福寿さんよりの送付。頭が角張って縦長になった。鬢の後ろ跳ねもすっかり元に戻り、従来からの勘治型に戻った感を受けるが、目の描法はまた変わっている。上下の瞼が直線的で細めであり眼点も小さい。この描法は30年代後半の盛さんの勘治型に見られ、あるいはそれを意識して描いたものかも知れない。緑のロクロ線の色が黄緑に近い。

第62話:勘治型(s59、s60)

s59)尺1寸5分。昭和59年4月。現地訪問で入手。前年の勘治型がそれまでの作と比べて相当変化していたのでその後の作行を注目していた。まず形態面では頭が丸くなった以外に大きな変化は見受けられない。また、頭部の描彩は、前髪、鬢の描法は前年と変わらないが、眉目の位置が若干上がり、二重の瞳も細目で緊張感に溢れたものとなって、全体から受ける印象も迫力を感じさせるこけしとなっている。

s60)尺1寸5分。昭和60年6月。福寿さんより送付願ったもの。このこけしを最初に見た時の驚きは相当なものであった。これまでの福寿さんの勘治型を見慣れている者にとっては、まるで別人の作ではないか思わせる程、作風の異なるこけしである。福寿さんのこけしの頭は程度の差はあるにせよ蕪形というのが当たり前と考えていたが、本作ではやや縦に長い丸形と言えるのではないだろうか。頭が大きい分、胴はやや短めとなっているが形態、胴模様は前年昨と殆ど同一である。ところが顔の描彩は全く変わっている。まず、福寿勘治型の特徴の一つであった後ろ跳ねのある大きな鬢が、跳ねのない短い鬢となっている。前髪は前年までと変わらないが、眉毛は細く湾曲の少ないものとなり、そして何と言っても一番の違いは目の描法が変わったことであろう。勘治型では通常下側に膨らむ下瞼が殆ど水平に近くなっており、湾曲の少ない三日月形に近い描法と言えるのではないだろうか。眼点も小さく、どちらかと言うと「橘勘治型」の目に近い描法である。福寿さんとしては、勘治の「原」から一歩離れて作った勘治型ということである。

 

 

第61話:勘治型(s57年、s58年)

s57)尺1寸5分。昭和57年4月。前年作では「西田勘治」を強く意識したこけしであったが、本作では従来作って来た勘治型に戻っている。やはりこの形が福寿勘治型として定着したものなのであろう。但し、鬢飾りは前作同様「西田勘治」の様式を取り入れたものとなっており、これ以降はこの様式が定着する。面描では前髪がやや小さくなったため、それに合わせて両横鬢の間隔も狭くなり、顔の面積が小さくなった。そのためか両目の間隔も狭く、顔の中央に寄り過ぎてきつい表情となっている。また、このこけしでは前髪が「毛描き」になっているのが大きな特徴で、福寿さんによると「原」に倣って試してみたとのこと。しかしその後は描かれていない。胴模様でも変化があり、蕾に添えられた二葉の葉元が下側を向くようになり(これまでは上側を向いていた)、かつ蕾自体も大きくなった。この添え葉の描法も以後引き継がれていく。

s58)尺1寸5分。昭和58年5月。このこけしでは頭が角張りやや縦長となっているが、その他の形態・胴模様には大きな変化はない。一方、福寿さんのこけしの面描は、この58年から大きく変化しており、勘治型においてもその影響が出ている。一番の変化は、前髪が縦に長くなって額まで下がってきたことであり、、それにつれて横鬢はじめ顔全体の描彩も下がってしまった。そのため前年までの作とは雰囲気が異なる勘治型となっている。眉毛に勢いはあるものの目の描彩は大きくおおまかでやや散漫な感じをうける。この時期、福寿さんは目の調子が良くなく、その影響が描彩にも表れているようである。

第60話:勘治型(s55年、s56年)

s55年)尺1寸5分。昭和55年4月。「福寿の店」で入手。昭和53年からの作風を引き継いでいるが、本作では頭の蕪形が特に著しい。この頃、福寿さんは正末昭初の作と言われる「川口盛」を復元しており、その影響が木地に表れているものと思われる。目が幾分小さくなった感じであるが、眉の描彩は大きく勢いがある。

s56年)尺1寸5分。昭和56年5月。昭和52年頃から追及してきた「西田勘治」を、より強く意識したこけしである。形態面では頭が大きく胴はやや反りが深くなったが、それまでと大きな違いはない。一方、描彩面には西田勘治の特徴が相当取り入れられている。先ず面描では、前髪が横広で大きく、その直ぐ横から結んで垂らした横鬢は雄大で首の部分まで達しそうである。この横鬢が頭部の端いっぱいに描かれているため、顔の面積が大きくなっている。鬢飾りも52年に試した「原」に忠実な描法となっており、これ以降の勘治型は全てこの描法となる。目も両瞼の描法が「原」を真似て鋭角的となっており、眉も大きく力強い。胴模様では、二輪の正面菊の両脇に横葉が対になって描かれており、蕾の花弁も3筆描きで萌から長い茎が伸びている。この様式の胴模様はこの時期だけのものであり、他の時期の勘治型との際立った相違点である。黄胴一杯に描かれた赤い菊花と緑の添え葉は絢爛豪華な雰囲気を漂わせており、53年作とは別趣の代表作に挙げられるこけしである。

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