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第5話:福寿こけしデビュー!

S25_ 昭和25年、仙台に行っていた兄盛雄が帰ってきて、こけし作りに参加した。

盛の許可も出て、これまで盛や盛雄の木地下を挽いていた福寿も、自身のこけしをどう作ろうかと考えていた。昔通りのこけしを作っても売れそうに無い。とは言え、皆と同じのクリクリ目のこけしを作るのは自尊心が許さない。そんな時、秋田で見た祖父勘治のこけしが蘇ってきた。そして、同年(s25年)開催された全日本こけし品評会に初めて出品し、エジコが市長賞を受賞し、首振りこけしが入選を果たした。

 

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< S25年頃 >

勘治のこけしの特徴と言えば、頭頂部の髷と角髪(みずら)状の鬢が頭に浮かぶ。福寿は秋田時代の盛こけしの肩の部分を丸くしてその部分の赤ロクロ線を2段に分け、胴下部の太い赤ロクロ線も同様に2段に分けた。次に胴の菊模様である。盛の菊は上に横菊、下に正面菊を大きく描き各花弁は長くして隣と重ならないように離して描いている。この花弁を太く短くして隣と触れるくらい近くに描いた。これにより盛の胴模様はあっさりめなのに対して福寿のそれは小ぶりながら華やかなものになった。さて次は面描である。最初(写真右)は前髪の後ろの束ねた髪を丸っこく描いた。前髪は小さめで、目は秋田時代の盛のように眼点を小さく入れた。そして、鬢は角髪の束ねた下の部分をアレンジして下部を後ろに跳ね上げた。当初は無かった鬢上の2筆の赤い飾りも、後(写真左)には付けるようになり、頭頂部の水引の筆数も5筆から7筆に増え華やかさも増した。表情はあどけなく、いかにも作り始めの頃のこけしを思わせるが、全体の雰囲気は盛や盛雄とは全く異なり、斬新さが際立つ。当時の鳴子ではかなり異色だったのではないかと思われる。初期の福寿こけしは鬢を後ろに跳ねた「跳ね鬢」が多いので、これを「初期型」と呼ぶことにする。

 

 

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