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第28話:それから・・・

S37 昭和30年代中頃の福寿は、新型こけしで最高賞を取り、勘治型でも力の入った作品を作っていた。実家の「高勘」から独立・結婚をし、子供も生まれて気力・体力とも充実した時期であった。しかし、そのような平穏な時期はそう長くは続かなかった。世の中が安定してくると、鳴子を訪れる湯治客・観光客の趣向にも変化が起こり始めていて、その気配はこけし界にも少しずつ忍び寄っていたのである。福寿がそのような動きに本格的に対応するのはもう少し後になってから。ここでは30年代の後半に入ったころの勘治型を見ておこう。

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こちらの2本。右(8寸)は昭和36年4月、左(9寸5分)は36年から37年頃の作である。36年の後半辺りから、福寿のこけしは胴が太くなる。左のこけしではその傾向が顕著に現れており、肩が張り、胴の反りは一段と大きくなり、裾部の台型が目立つ。これまでは長身でスラっとした形態の勘治型であったが、この時期にはそれが上から圧縮されてやや太った感じの形態となり、その分、胴模様の菱形正面菊も横に広がっている。なお、胴横の蕾は左の大寸こけしでは下の一対が描かれている。

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面描も、この頃からは、水平だった二側目の目尻が上がって、ややきつめの表情となっている。また、口の描法が変わった。これまでは、右のように赤2点を上下に繋いだような描き方であったが、左のこけしでは赤1点となり、以後はこの描法で描かれるようになる。そして、頭頂部の髷においても、34年頃までは髷の中の左右の赤い空間が先の尖った種状であったが、36年では尖りの無い丸形となり、これも以後変わらない。同じ勘治型であっても、よく見ると細部は次第に勘治の「原」こけしの様式に変わっていくのである。そして、それは38年になって一大変革を遂げることになるのである。

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