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第23話:保存は悪いが・・・

S28_20200618133901 せっかく学んだ勘治こけしの形態であったが、それは長くは続かなかった。勘治写しを作ってから、父盛は新たに「勘治型」を作るようになったが、それはあの勘治こけし(西田勘治)をそのまま同じように作るのではなかった。当時の木地師にとっては修業中は別として、一人前になったら自分自身のこけしを作るというのが当たり前と考えられていたのであろう。盛にとっての勘治写しはあくまで「明治時代の思い出のこけし」であって、自身の勘治型は、勘治こけしの特徴を活かしながらも盛のこけし(即ち、「盛勘治型」)を作ることであった。それは昭和27年の後半には出来上がっていた(植木昭夫著「愛こけし」81頁掲載が代表例)。木地を挽いていた福寿のこけしが同じようなものになっていったのは当然の成り行きであった。

 

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こちらが、昭和28年頃の福寿の勘治型である。大きさは1尺。保存状態は良くなく、胴の緑色は殆ど飛んでおり、特に頭頂部は相当黒くなったものを後から磨いて描彩が見えるようにしたようだ。とは言え、昭和20年代後半の福寿の勘治型はこれ以外に見たことは無く、当時多くは作られていないと思われるので、研究資料としても貴重である。形態は、勘治の「原」と比べると肩の丸みが少なく、胴の反りもそれほど大きくなく、スラっとした感じの勘治型である。目は下瞼が下に膨らんだ二側目で、目尻がやや下がった優しい顔になっている。盛の勘治型の目も当初は目尻が下がっているので、それに倣ったものであろう。胴模様は菱形の正面菊を上下に二つ並べているが、上は縦長、下は横長になっており、これは第21話のこけしと同様であるが、21話の勘治型は花弁の先が上向き傾向なのに対して、本作では下向き(特に下の菊が)傾向になっている。また、勘治こけしでは胴の左右に蕾が4つ描かれているのだが、本作では蕾ではなく小花に変わっている。

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第21話の勘治型(右)と並べてみた。頭部の髷と角髪は本作では大きくなって勘治こけしに近くなったが、髷の内部が円になっていない点、また前髪と角髪の間の飾りが「原」とは違うようだ。

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左が本作の署名、右は第22話のこけし(s27年)の署名。福寿は自身のこけしには必ず署名をしており(新型こけしでも)、その署名は昭和20年代から30年代半ば頃までは変化があるので、年代特定の参考になる。

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