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第22話:どうしてこれが・・・

S27_20200617184201 勘治こけしの写しを作ってみて、福寿には勉強になることが多かった。先ず、何といっても目を見張ったのは、尺1寸5分という大きさを持ったこけしのボリューム感であった。木地挽きには自信があった福寿であったが、大きく張った丸い肩とそこから盛り上がった肩の山、肩から大きく凹んで胴裾にかけてなだらかに膨らんでいく絶妙なライン、その太い胴を支える台状になった裾の部分、どれもが研ぎ澄まされた熟練の技から生まれたことを感じさせた。せっかく学んだこの胴の形態、これをどう自分のこけしに取り入れていくかを考えていた。勘治型だからと言って、勘治のこけしにそっくり作らなければならないという時代ではなかった。むしろ、自分なりのこけしをどう作るかが重要と考えていた。

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こちらが、勘治こけしの胴の形態を取り入れた福寿こけしである。大きさは6寸。本こけしは第11話でも触れているが、ここでは勘治型として紹介する。肩が大きく丸く、湾曲の大きい胴のラインが裾にかけて開き気味に流れ、胴裾で台状になっている。中寸ほどの大きさであるが胴の形態は立派な勘治型である。また、このこけしでは赤の色が沈んだ朱色となっており、これが小さいながらの重厚感を与えている。但し、頭部の描彩・面描は「普通型」のこけしである。

ところで、何故このこけしを勘治型にしたかと言うと、鹿間時夫著「こけし・人・風土」の144頁・第100図に写真が載っている福寿こけし(1尺)は、本作と同型のこけしであるが「勘治型」として紹介されているのである。いずれも、目は一側目で鬢は角髪ではない(頭頂部の髷は確認できない)。その「こけし・人・風土」に掲載された福寿こけしは昭和63年3月の鹿間氏のコレクション展(忠蔵庵主催)に盛の勘治型と一緒に出品されていた。その時、買わなかったのは一側目で勘治型だと思わなかったからである。かなりの高額だったためか、その展示・即売会では売れず、それから暫く経った忠蔵庵の展示・即売会でも出ていた。今思えば、その時に入手しなかったことが何とも悔やまれる。

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こちらが、福寿の勘治型の創成期(昭和26年から27年)にあたるこけし2本である。この後、福寿の勘治型がどのように変化して行くかは、次回以降のお楽しみに・・・

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