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第41話:花開く普通型1 (s50年代前半)

S51 福寿のこけしは昭和30年代までは勘治型と普通型、それに新型の3種が作られていた。昭和42年からは大正型も作り始め、古鳴子型もほぼ同じ頃から作り始めて、昭和40年代には勘治型、普通型、大正型、古鳴子型の4種を作り分けていた。50年代になるとこれに変化が現れ始める。40年代末から高勘古作の復元の話が持ち込まれ、52年には盛の昭和初期、角肩で平頭のこけし(盛古型)も作り始めた。その影響を受けて普通型の標準様式にも変化が出てくる。普通型と盛古型の特徴が入り混じったこけしが作られることになるのである。国恵はその違いを肩が丸いか角張っているかで区別しているが、これによって普通型のバラエティが大いに広がった。

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こちらに昭和50年代前半のこけしを並べてみた。左から、①8寸2分(s51)肩の部分の丸みが少なく角肩に近い。また口が赤1点になっている。これはこの頃から試作を始めた盛古型の影響である。②6寸(s52.8)①と同様の作で、正面菊の各花弁が離れているも盛古型の影響。③7寸(s53頃)。正面菊の様式も含めて①、②と同様の作風。眉・目の描彩が大きくなった。④6寸(s54.7)。肩の形態が変わった。丸肩と肩の山が一体となり、境目に緑のロクロ線が入る。この肩の様式はこの時期のみである。小寸で目は一筆目、鬢は2筆なっている。胴模様は盛の古作(西田コレクション)にあるもの。⑤8寸(s54.11)。肩の様式は④と同じで同様の作風。口が①~④とは違って2筆描き(普通型の標準)に戻った。この50年代前半のこけしは眉・目尻が上がった凛々しい表情が素晴らしい。

 

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