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2020年9月

第51話:深沢勘治と西田勘治 (s49 s52)

S52 福寿の勘治型の「原」には2本の勘治こけしがあることを折々に述べてきた。「西田勘治」と「深沢勘治」である。福寿の勘治型は「西田勘治」から始まり、再出発した昭和38年頃からは「深沢勘治」を写した勘治型に変わった。昭和40年代はこの「深沢勘治」型が作られていた。同じこけしを同じように作るのはアイデアに富んだ福寿には面白くなく、深沢勘治型でもある程度の変化は取り入れていた。そんな折、深沢勘治型に飽き足らない収集家から「西田勘治」を真剣にやってみないかとの誘いがあった。自身の勘治型に行き詰まり感を持っていた福寿がそれに応ずるのに問題はなかった。そうして昭和52年に西田勘治の忠実な写しが少数作られた。しかし、この忠実な西田勘治型はそのまま作られることはなかった。しかしその作風は引き継がれていった。

「西田勘治」と「深沢勘治」の違いについては、先ず第一に胴模様の違いが挙げられる。これは一目瞭然なので直ぐに分るだろう。次に、前髪と鬢の間に描かれる鬢飾りの違い(後述)がある。また、大きさの違いもあり、西田勘治は尺1寸5分、深沢勘治は尺1寸1分と西田勘治の方が若干大きいのである。

 

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第50話:昭和40年代後半 (s48 s50)

S50 昭和40年代も後半に入るとこけしブーム(第2次)も一段と盛り上がりをみせ、鳴子の福寿の店に行っても福寿こけしが店に並んでいることが少なくなっていた。昭和39年から職人として木地を挽いていた柿澤是隆が46年に独立して辞めると、その傾向は強まった。国恵がこけし収集を始め、福寿の店に足を運ぶようになるのはこの頃からである。

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第49話:昭和40年代前半 (s43 s45)

S45 昭和30年代の末から40年代の初めにかけてピークを迎えた福寿の勘治型は、40年代に入ると落ち着いた作風となるが、半ば頃からは原寸の大きさがやや小さくなり、胴の形や色彩にも変化が見られるようになる。

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