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第51話:深沢勘治と西田勘治 (s49 s52)

S52 福寿の勘治型の「原」には2本の勘治こけしがあることを折々に述べてきた。「西田勘治」と「深沢勘治」である。福寿の勘治型は「西田勘治」から始まり、再出発した昭和38年頃からは「深沢勘治」を写した勘治型に変わった。昭和40年代はこの「深沢勘治」型が作られていた。同じこけしを同じように作るのはアイデアに富んだ福寿には面白くなく、深沢勘治型でもある程度の変化は取り入れていた。そんな折、深沢勘治型に飽き足らない収集家から「西田勘治」を真剣にやってみないかとの誘いがあった。自身の勘治型に行き詰まり感を持っていた福寿がそれに応ずるのに問題はなかった。そうして昭和52年に西田勘治の忠実な写しが少数作られた。しかし、この忠実な西田勘治型はそのまま作られることはなかった。しかしその作風は引き継がれていった。

「西田勘治」と「深沢勘治」の違いについては、先ず第一に胴模様の違いが挙げられる。これは一目瞭然なので直ぐに分るだろう。次に、前髪と鬢の間に描かれる鬢飾りの違い(後述)がある。また、大きさの違いもあり、西田勘治は尺1寸5分、深沢勘治は尺1寸1分と西田勘治の方が若干大きいのである。

 

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こちら、左は昭和49年の深沢勘治型で大きさは9寸9分、右は52年の西田勘治型で大きさは尺1分である。勘治こけしの原寸ではないが、右の西田勘治型の方が大きく作ってある。この頃より福寿は勘治型を作るにあたっては西田勘治と深沢勘治をはっきり意識して使い分けていた。もちろん、胴模様などには両者を混用することもあった。40年代の深沢勘治型では胴の中反りが大きかったが(左)、西田勘治型では反りが少なくてどっしりしている(右)。胴模様は殆ど変わらず深沢勘治様式である。面描では、右では眉・目の描線が太くなり迫力が増している。

S49s52

深沢勘治と西田勘治の違いの一つに鬢飾りの様式がある。鬢飾りは前髪と鬢(角髪)の間に4筆で描かれるのだが、下から2筆目が深澤勘治では短く(左)、西田勘治では長く1筆目に被さっているのである(右)。

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