普通型

第44話:平成になって (h2_h6)

H06 昭和40年代以降、民芸品等の一大ブームの中で、こけしも第二次こけしブームを迎え、民芸品全般のブームが下火になっても、こけしだけは大丈夫と言われて投資の目的でもこけしが流通していた。しかし、昭和から平成に時代が変わる中で、こけしにおいてもマンネリ感が漂っていた。そんな中で、高橋五郎氏が提唱した「新しい伝統こけし」は停滞気味のこけし界に一石を投じることとなり、福寿の関心もそちらに向いて行った。従来型のこけしも作っていたが、その数量は次第に少なくなっていった。「新しい伝統こけし展」が3回で終了した後は、ソニーファミリークラブによる頒布会が始まり、福寿はその製作に追われることになった。そして、ソニー頒布が始まってからは、普通型のこけしも見かけなくなってしまった。

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第43話:原点に戻って (s60_63)

S63 昭和50年代は第二次こけしブームの最中ということもあり、福寿のこけし製作に対して収集家や業者から色々な働きかけがあった。そのためもあって福寿のこけしは普通型、勘治型等の基本形をベースにしながらも、その様式は多種多様となり「何々型」と区別するのが難しいものも作られた。そんな中で、昭和60年代に入ると福寿のこけしは原点回帰に向かうのである。一度大きく広がった各種のこけしを一旦元の形に集約させ、そこから新たなる方向性を目指したのである。

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第42話:花開く普通型2 (s50年代後半)

S58 昭和50年代になってからは、毎年のように福寿の店に足を運んでいたが、手元にある福寿こけしを探してみても、純粋な普通型のこけしは殆ど見当たらない。肩の角張った盛古型とそれをアレンジしたこけしが多くなっている。タイトルでは昭和50年代後半としているが、紹介できる普通型のこけしは昭和58年のものである。ただ、この58年頃から、福寿のこけしは面描に大きな変化が見られるようになるのである。

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第41話:花開く普通型1 (s50年代前半)

S51 福寿のこけしは昭和30年代までは勘治型と普通型、それに新型の3種が作られていた。昭和42年からは大正型も作り始め、古鳴子型もほぼ同じ頃から作り始めて、昭和40年代には勘治型、普通型、大正型、古鳴子型の4種を作り分けていた。50年代になるとこれに変化が現れ始める。40年代末から高勘古作の復元の話が持ち込まれ、52年には盛の昭和初期、角肩で平頭のこけし(盛古型)も作り始めた。その影響を受けて普通型の標準様式にも変化が出てくる。普通型と盛古型の特徴が入り混じったこけしが作られることになるのである。国恵はその違いを肩が丸いか角張っているかで区別しているが、これによって普通型のバラエティが大いに広がった。

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第40話:安定の40年代・・・ (s42_49)

S47 昭和40年代に入って、30年代のこけしから一皮むけて洗練されたこけしとなった普通型は安定期に入る。木地形態・描彩ともに標準様式が固まり、製作時期により個々の小さな変化は見られるものの、落ち着いた雰囲気の作行が続いていた。一方、この頃は第二次こけしブームが大きなうねりとなってこけし界を覆い、伝統こけしは作る傍から売れてしまうという異常な盛り上がりを見せている時期でもあった。老工や人気工人のこけしは自宅を訪れても全く手に入らないという凄まじさであった。国恵が福寿の店でこけしを選んでいる最中に、業者と思われる人が車でやってきて、棚に並んでいたこけしを全て買っていく場面に遭遇することもあった。

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第39話:時代と共に・・・ (s39_41)

S41 1964年(昭和39年)は東京でアジア初のオリンピック大会が開催された年である。東海道新幹線も開通し、これを境に日本は高度成長期に突入していくことになる。そんな世の中の風潮は東京から日本全体に広がっていき、東北のこけし産地にも及んでいた。新型こけしの世界にも身を置いていた福寿は敏感にそれを感じていた。人々は本格的なものを求めるようになり、デザインの新規さを表現した新型こけしから旧来の様式を引き継いだ旧型こけしが見直されるようにもなった。「伝統こけし」という名称が定着してその地位も固まっていった。そうした流れの中で、旧型こけしの良さを残しながら、いかに時代の要求を取り入れたこけしを作るかに福寿は腐心していた。30年代の福寿こけしは胴が太く、全体的にふっくらとした感じであった。それが40年代に入ると、細身でスタイリッシュな近代的な感じのこけしに変わっていくのである。

 

 

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第38話:30年代「普通型」の総括

S34 本ブログでは昭和30年代の福寿「普通型」こけしの変遷を時期ごとに2~3本のこけしを提示しながら解説してきた。しかし、ある程度長い期間の変化を見るには、やはりそれらのこけしを一堂に並べて見て貰うのが一番である。そこで、今回は昭和20年代の終わりから30年代の終わりまでの作を一列に並べて紹介しよう。

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第37話:30年型の終焉・・・ (s38_39)

S38_20200720131601 ここまで、昭和20年代末から30年代にかけての「普通型」についてその変遷を紹介してきたが、それも今回で終了。福寿の普通型はその後も続いていく訳だが、その様式は大きく変わっていく。その意味から、これまでのこけしを「30年型」として、その終焉とすることにした。この30年型を総覧すると、その変化は結構大きかったと言える。福寿にとっては、この昭和30年代は、新型こけしの時代と言っても良いのかも知れないが、その陰で勘治型や普通型の旧型こけしもしっかりと引き継がれていたことが確認できる。

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第36話:ちょっと変化が・・・ (s37_38)

S3804 昭和30年代も後半に入ると、福寿は新型こけしも手掛けながら、旧型こけしにも力を入れ始める。昭和37年に次男が生まれてからは特にその傾向が強まり、特に勘治型に精力を集中していた。その影響を受けてか、普通型ではやや精彩を欠いたような感じのこけしになっている。この時期の特徴の1つは、肩の上面のロクロ線(これまでは、肩の丸い部分を覆っていた太い赤ロクロ線と肩の山の下部に引かれていた太い赤ロクロ線の間に細い赤ロクロ線が一本引かれていた)から、細い赤ロクロ線が無くなったことである。

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第35話:そして・・・ (s36_37)

S37_ 昭和30年代の福寿こけしは文献などでも紹介がなく、こけし自体にそれと分るような記載が無いと、その製作年月を判定することはなかなか難しい。今回紹介する2本のこけしも時期的にはそれほど隔たっていないと思われるものであるが、製作年月は推定である。

 

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