トップページ | 第2夜:こけしとの出会い »

第1夜:プロローグ

Fukuju_kanji_kosaku_kao_2 アラブの千と一夜の物語を綴った「千夜一夜物語(アラビアン・ナイト)は私が高校生時代に胸をときめかせながら読んだ物語である。今までに集めたこけしやこけしに纏わる諸々の事柄を整理して今流行のブログにして見ようかと考えていたが、そんな折、ふと青春時代の「千夜一夜物語」が浮かんできたのである。そして大胆にも「こけし千夜一夜物語(コケシファン・ナイト)を作ろうと思ってしまったのである。千夜一夜物語は1日(1夜)1話であるから、毎日更新したとしても2年と9ヶ月程かかる計算となる。これから先何年かかるとも知れない夢のような話なのである。また、1話で1本のこけしを話題にするとしても千本のこけしについて語らなければならない。こんなことは誰も挑戦しそうもないと思うと逆にやってみたいという気持ちにもなるのである。どこまで続くか分からないが、残りの人生のライフワークとして取り組むことにした次第である。

さて、記念すべき第1夜は私のこけし蒐集の原点とも言える鳴子の遊佐福寿さんから話を始めたい。福寿さんは鳴子の老舗「高勘」の高橋盛さんの次男で昭和5年の生まれ。鳴子系の中心工人として活躍していたが、平成13年に71才で急逝されたのが何とも惜しまれる。

Fukuju_kanji_kosaku_6Fukuju_kanji_kosaku_yoko_5 写真のこけしはインターネット・オークション(ヤフオク)で入手したもので尺5寸の大寸物。今までに見たことがない古い様式のこけしであり、同様のものが何本も残っている可能性は少ないので頑張って入札した。胴底の署名は「高橋福寿」で独身時代の昭和20年代後半の作品である。頭部の髷や元を丸めた独特の横鬢、そして2輪の大きな正面菊の胴模様から「勘治型」かと思われるが、後年脚光を浴びる勘治型からは相当かけ離れている。このこけしを作った時点では、福寿さんは有名な勘治のこけし(西田勘治)を見て、その写しも作っていたはずである。昭和20年代の末から30年代の前半にかけては新型こけし(創作こけし)が全盛の時代でもあり、福寿さんも新型こけしの分野で活躍していた。そう言った時代背景の中で作られたこけしなのである。

胴模様の菊花は勘治の2輪の菱菊を、上は縦長に下は横長にデホルメし、4つの蕾も下2つは写実的に大きく、上2つは小さく可憐に添えている。二重の瞼は三日月形で優しい微笑みを湛えている。昭和20年代は「伝統」という一定の枠組みはあるものの今より遙かに自由にこけしを作れる状況にあったのであろう。若き日の福寿さんの溢れんばかりの力量を凝縮したこけしなのである。

|

トップページ | 第2夜:こけしとの出会い »

鳴子系」カテゴリの記事

コメント

 ご縁がありましてこのブログにやってまいりました。
素晴らしいこけしのお写真と、お話しを、ゆっくり見させていただこうと思っています。

投稿: logos | 2009年3月27日 (金) 22時18分

Logos様
ようこそ、お出で下さいました。
私の気ままな文章と写真ですが、楽しんで頂ければ幸いです。
それでは、どうぞゆっくりご覧下さいませ。

投稿: 筆者 | 2009年3月27日 (金) 22時34分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/188678/14861001

この記事へのトラックバック一覧です: 第1夜:プロローグ:

トップページ | 第2夜:こけしとの出会い »