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第2夜:こけしとの出会い

第2夜は私のこけしとの出会いを振り返ってみたい。

大学入学と共にサイクリング部に入った私は、以来自転車による旅行(ツーリング)に熱中し出した。昭和45年春の事である。その年の夏、私は初めての長期ツーリングとして東北地方を縦断する計画を立てた。青森から仙台まで東北の山間部を6泊7日で走り抜けるというものであった。

そして夏休みも終わりに近づいた8月下旬、上野を夜行で立ち翌早朝、青森駅に降り立った。さっそく自転車の組み立てに取りかかる。今と違って自転車を分解して列車で運ぶなど物珍しい頃で、たちまち周囲には人だかりができた。そんな中での組み立てを終わり、いよいよ最初の目的地である八甲田山に向けてペダルを踏み込んだ。今夜の宿は明治の文豪大町桂月がこよなく愛した蔦温泉である。今回のツーリングの宿は宿泊費の安いYH(ユースホステル)で計画したが、ここだけは一般旅館であった。ブナ林に囲まれた静かな温泉宿である。途中、大事な眼鏡を壊してしまうというアクシデントに見舞われながらも無事旅館に到着し、温泉に身を沈めると苦しかった八甲田山への登りが心地よい想い出として残った。2日目は奥入瀬を遡って十和田湖畔泊、3日目は八幡平の大沼温泉、4日目は石川啄木を輩出した渋民村を通って盛岡まで、5日目は南八幡平を横断して田沢湖に達したが途中の悪路に転倒を繰り返しYHに着いた時には全身傷だらけであった。6日目は秋の宮温泉郷、ここではYHの宿泊者は私一人、大理石の立派な浴場は入り口は男女別になっているものの中は一緒で、間に申し訳程度の仕切があるのみであった。

さて7日目はいよいよ「こけしの里」鳴子温泉に入る日である。小さい頃から色々な物を集めるのが好きだった私は、自転車で各地を旅行するようになってから、訪れた土地の民芸品を集めるようになっていた。旅行の計画段階からその土地の名産品を調べておき、現地に行って購入していた。今回の計画でも鳴子がこけしの産地であるという事を知り、鳴子ではこけしを買おうと決めていた。鬼首の間欠泉を見学して、荒尾川を堰き止めた鳴子ダムを過ぎると後は鳴子温泉まで快適な下りが続く。舗装道路の降りほどサイクリングで楽しいものはない。あっという間に湯煙の立ちこめる温泉街に到着した。今夜の宿はYHも兼ねている滝島旅館である。宿に荷を降ろして軽る身になった自転車で鳴子狭と「尿前の関」を見に行く。夕食後、同宿の人とこけしを求めて街中に出る。土産物店を覗きながら駅前まで来ると、民芸調で趣のある店が目に入った。この店が後年長いお付き合いとなる「福寿の店」であった。この時にはこけしに関する知識は全くなく、ただ見栄えのする大きなこけし(尺2寸)を一本買った。このこけしは福寿さんの作ではなく、またその時福寿さんのこけしがあったのかどうかも憶えていない。宿に帰りこけしを買ってきたと言うと、宿の人はその包み紙を見て良いこけしを買ってきましたねと言ってくれた。ただこのこけしは自転車に積んでいくには少々大き過ぎるので、翌日お店に行って送ってもらうことにした。滝島旅館では洞窟のような風呂が印象に残っている。

ツーリングの方は翌日は松島、そして最終日は仙台を散策した後、自転車を分解して列車に積み無事帰京した。この時には、その後こけしが私の生涯の友になろうとは思いも寄らなかったのである。

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