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第22夜:弘道の微笑み(S42年)

Hiromichi_s42_kao_1 今夜も昨夜の話の続きである。昨15日、帰宅すると11日のヤフオクで落札した斎藤弘道さんのこけしが届いていた。直ぐにでも見てみたい気持ちを一旦静めて、まずは夕食をとり、風呂に入る。そして、おもむろに宅配便の包みを開く。プチプチで何重にも包装された中から待望のこけしが現れた。それは正しく長年捜していた42年の弘道こけしであった。

Hiromichi_s42_2 衝撃的なデビューを飾った弘道さんのこけしも昭和34年の末辺りからは充実度が薄れだし、こぼれるような微笑にも陰りが覗くようになる。その傾向は月日とともに増大し、独特な微笑みも平板になって魅力が薄れてしまった。そんな弘道さんのこけしに飽き足らない収集家の働きかけがあったのだろうか、弘道さんは太治郎の大正期のこけしを目指すようになる。そうして生まれたのが42年のこけしである。頭は丸く、黒目勝ちの小さな瞳は顔の中央よりやや下に描かれた童顔のこけしである。その変わり身は鮮やかであった。前述「木の花」の「弘道のこけし」では、この42年作を4月、6月、9月、10月と4本も掲載している。内、6月と9月は特定の太治郎こけしの写しと考えられるので、一般に流布したのは42年前期と後期のもののようである。この両者はほぼ同じ作風(特に面描)であるが、標準型(波線型)の胴模様に違いが見られる。すなわち前期のものは、赤の太い波線も紫の細い波線も2段しか描かれていない。これは大正期太治郎のこけしに見られる特徴である。すなわち、42年前期の弘道こけしは太治郎大正期作を目指していたことが分かる。一方、後期になると表情や形態はほぼ同じであるが、赤の波線と紫の波線が通常通り3段に描かれるのである。大正期太治郎から出発した42年の弘道こけしも後期になると弘道自身のこけしに昇華したと言えるのであろう。

さて、今回入手した弘道こけしであるが、胴模様は赤の波線、紫の波線とも2段であることから42年前期の作と言える。頭は丸く、小さな瞳は「木の花」掲載品と比べても、更に顔の中央より下方に描かれているように見える。初期の弘道こけしでは、顔全体に前髪、眉目、鼻、口が描かれて大らかな表情だったのに対し、本作では前髪の幅も小さく、目、鼻、口が顔の下半分に集中してこじんまりとした表情になっている。これは童女の恥じらいの表情と言えるのではないだろうか。そしてその「微笑み」は童女のはにかんだ微笑になっている。

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