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第44夜:初期作の味わい(1)

Okasyo_eijiro_s50kao_1 昨日(22日)は東京こけし友の会の4月例会・総会があった。改めて現在のこけし界を見回してみて、これから20年後に果たして何人の工人がこけしを作っているだろうか? 友の会の会員は何人になっているのだろうか? こけしを作る側の工人、集める(楽しむ)側の我々収集家・愛好家にとっても、前途は厳しいと言わざるを得ない。 古いものに目を奪われるだけでなく、現在作られているものにも目を向けて、それを育てていく努力が必要なのであろう。

さて今回は「初期作」と思われるものに目を向けて見た。よく「初作」という言葉を耳にするが、その定義は必ずしも明確ではないので、ここで言う「初期作」とは作り始めの初期の作風を持ったこけしという程度で考えている。前回までの話の流れから、小野川温泉の岡崎昭一さんの栄治郎型初期作を取り上げてみた。昭一さんは岡崎直志さんの長男で、木地修業は早くからやっていたようだが、こけしは昭和48年から作り始めた。最初は直志さんの蔭に隠れていたような状況で製作数もそんなに多くなかったようだ。栄治郎型は昭和50年から始めたとのことである。

Okasyo_syoki_hikaku 写真右が昭和50年頃の栄治郎型である。その当時は直志さんも盛んに栄治郎型を作っていたが、それをそのまま引き継いだこけしではない。大らかでおっとりとしていて鄙びた味わいを持ったこけしである。若さを感じるこけしでもない。直志さんという一種の防波堤の中で、周囲の評判などは気にしないで、自分の気持ちの赴くままに素直に作ったこけしなのであろう。しかしその温もりは昭和51年1月の直志さんの急逝という事態で一変する。小野川の栄治郎型は否応もなく昭一さんに託されたのである。ここから昭一さんの栄治郎型への本格的な挑戦が始まる。やがて試行錯誤を繰り返しながら、昭一栄治郎型は急速に完成度を高め、52年頃には緊張感に溢れた鋭い表情のこけしに変貌してピーク期を迎える。写真左はその頃の作品である。

以降のこけしは、このピーク期の延長線上にある。従って、この初期の味わいを持った栄治郎型は昭和50年の僅か1年に満たない時期に作られたものに限られる。小野川温泉で、親子揃ってこけしを作っていた頃の懐かしい風景が蘇ってくるような、そんな温もりを感じさせるこけしは貴重である。

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