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第40夜:つどいの頒布(4)

Takishima_kanji_kao_2 今夜も「つどい」の話の続きである。中目黒の「つどい」では『つどい・こけし談叢』という小冊子を発行しており、訪問する客に配布していた。そのNO.13に見慣れない勘治型のこけしの写真と解説文が載っていた。その解説によると鳴子系の滝島茂さんのこけし(平成3年3月作)だと言う。滝島さんは鳴子の老舗「高勘」の当主、高橋盛雄さんの弟子である。当時、盛雄さんは勘治型のこけしに関しては、弟子筋の工人には製作を許していなかった。私の手紙による問い合わせに対しても、型が崩れるのを防ぐためということで許可していないとのたつ子さん(盛雄夫人)からの返信があった。従って、当時滝島さんの勘治型が知られていなかったのは当然のことであった。

私はある時期から、勘治型をライフワークと位置づけて福寿さんを中心に盛さん、盛雄さんなど「高勘」の各工人の勘治型こけしを集めていたが、滝島さんの勘治型は未だ持っていなかったので、早速製作依頼の手紙を出した。後日「つどい」に顔を出すと、勘治型製作の依頼があって困っていると滝島さんから連絡があったとご主人が言う。そして個々の依頼は受けられないので、「つどい」が注文をしたものだけは作ってくれるということになった。

Takishima_kanji_2 そのこけしが「つどい」に届いたのは平成4年の1月末になってからであった。尺と8寸の勘治型こけしが数本ずつ送られてきていた。写真は尺のこけしであるが、前述の談叢で指摘されていた目の描法(前の作は目が細く釣り上がりきみできつい表情)も改善され、落ち着いた中にも張りのある好ましい表情になっていた。製作本数が少ないために出来にはバラツキがあったが、それは仕方のないことであった。滝島さんの勘治型は鳴子こけし館にある深沢勘治を模した物で福寿さんと同じであり、西田勘治を継いだ盛雄さんの勘治型とは一線を画している。とは言え、やはり正式に許可を貰って作ったこけしではなかったからか署名はしていない。少し前にヤフオクにこの勘治型のこけしが出品されていたが、署名が無かったためか高橋義一さんの初期の作と記載されていた。その後、この勘治型を原寸で滝島さんに作って貰うという話が出ていたが、「つどい」のご主人が病に倒れてしまったため実現しないままになっている。平成12年から13年にかけて盛雄さん、福寿さんが相次いで亡くなると、「高勘」の工人達は競って勘治型を作るようになったが、滝島さんだけは未だに作っていない。勘治型に対する滝島さんなりの想いがあってのことなのだろう。

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