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第71夜:「美と系譜」のこけし(7)

Haruji_kota_s41_kao 今夜は、「美と系譜」に載っている春二の幸太型2本の内、昭和41年作の方を取り上げてみたい。35年より始まった春二の幸太型は当初は「原」に倣ったものであったが、次第に春二の個性(工夫)が加えられるようになる。そして昭和30年代末から40年代の始めにかけて、それは幸太の姿を借りた春二のこけしとして完成の域に達する。

Haruji_kota_s41 「系譜」掲載の春二の幸太型は大きさが尺で昭和41年2月の作。本稿掲載のこけしは「昭和四十一年十月七日」の書き込みがあり、大きさは7寸と小振りであるが梨材で作られており、肌は大理石のように艶々である。頭の形が「系譜」手は丸みを帯びているが、本稿作は頬の部分がすっきりしており精悍な表情である。35年作との比較では、35年作は表情に鋭さはあるものの木地形態は全体的に丸みを帯びて柔らかい感じがするのに対し、41年作では頭だけでなく、胴部も肩の部分に角が立ち、胴のカーブも反り気味でスマートに仕上げっている。ピーク期の特徴を備えていると言えるのかも知れない。第66夜で述べた「30年代と40年代以降のこけしの違い」すなわち「40年代以降のこけしの近代化」は春二の幸太型においても適用出来るのである。それはもう時代のなせる技としか言えないものなのであろう。

Haruji_kota_s41_hikaku_1 さて、写真3(左)に昭和40年頃の春二幸太型を比較として紹介する。40年作では、頭は35年作より多少縦長になった程度で、胴も胴中から胴裾にかけてやや膨らみ気味である。但し、肩にははっきりと角が付き、胴裾のロクロ溝も3本に増えている。帯状のロクロ線の位置も上がってきている点など41年作に通じる点は多い。こちらの作の方が作風的には「系譜」手に近いかも知れない。表情的には眼点が小さめでこれは35年作に通じる。35年作と41年作の中間的な作風であることが分かるのである。

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