第105夜:鳴子の競作(熊谷正)
鳴子系の幸八型に最も力を注いだのは、熊谷正さんであろう。平成8年の6月に鳴子を訪れた際、時間に余裕があったので熊谷正さんの家を探してみた。地図を頼りに上鳴子にある自宅を訪ねると運良く正さんは在宅であった。目的は最近手がけていると聞いていた幸八型のこけしを見ることであった。ここで見せられた大きさ尺2寸余りのこけしに私は瞬時に魅せられてしまった。しかし私の懇願にも拘わらず正さんからOKの声は聞かれない。それは斧折(オノレ)というなかなか入手出来ない材料を使っているからとのことであった。オノレ材でこれだけの大きさのこけしを作れる機会は滅多にないとのこと。ようやく譲って頂いた時には一気に全身の力が抜けていく思いであった。
熊谷正さんは昭和12年の生まれ。松田初見さんの弟子で昭和27年より木地修業を始め、こけしも作っている。正さんの幸八型こけしへの取り組みは「こけし春秋(NO115)」と「こけし手帖(424号)」で青野弘氏が詳しく述べている。それによると最初に幸八型を作ったのは昭和55年頃、当初は本人型に幸八風の描彩を施したようなものであったらしい。その後、昭和60年頃にも幸八型を作ったが、それは師匠の初見さんの幸八型を模したものであった。そして本格的に幸八型に取り組んだのは平成7年からで、この年みちのくこけしまつりで入賞している。これをベースに青野氏の指導により、頭の上部を絞り顎が張った古風で個性的な幸八型が出来上がったのが、平成8年の半ば。丁度私が訪問した頃であった。その渾身の1本が「オノレ材の幸八」だったのである。この時期に正に会えたのはまさに幸運であったという他はない。このこけしで先ず目に付くのは頭の形であろう。やや先の窄まった蕪頭を大胆にデホルメした形態である。そこにゆったりとした筆使いで面描が描かれている。向かって右の眉目が心持ち下がり気味で、ふっくらとした頬は食べ物を頬袋に溜め込んだリスのようで実に愛らしい。大寸のためか胴は下部を僅かに太めにして安定感を保っている。赤と紫のロクロ模様が鮮烈である。それにしてもオノレ材の木地はまるで大理石のようの美しい肌色である。古鳴子の幸八を現代感覚で再現したこけしと言って良いであろう。
正さんは、伊藤松一さん、桜井昭二さん、岸正規さんなどと同じく足踏みロクロの実演には欠かせない工人であり、この幸八型にも足踏みロクロでの作品は多い。写真(3)は平成7年頃の足踏みロクロのこけし。こちらはみずき材でロー引きもなく素朴な味わいである。同じ一筆目でも描き方や描く位置によって表情が大きく変わることが分る。
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