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第162夜:弘道の微笑み(S34年その2)

Hiromiti_s34_maehan_kao 先週のヤフオクに斎藤弘道さんの昭和34年のこけしが纏めて4本出品されていた。同一出品者で胴底の署名から同時期に作られたこけしであることが分かる。出品順に見ると、1本目は6寸で波線模様の太治郎型本型、但し胴模様は退色が激しい。2本目は尺の太子型、こぼれるような素晴らしい笑顔であるが惜しいことに胴裾部に大きめの割れが入っている。3本目は6寸で返しロクロ模様の太治郎型古型、胴模様が赤と黒なので退色があまり無く、表情ともども最も纏まっている。最後の4本目は尺の太治郎型古型、これも3本目と同様良い出来。但しどういう訳か胴底には何も書かれていない(無署名)。今夜は、この弘道さんのこけしの話しである。

太治郎型は私の好きなこけしなので話題にすることも多く、本ブログでも第18夜で昭和33年作を紹介している。その時点では34年作は持っていなかったが、その後の努力(?)の甲斐もあって34年作も何本か入手することが出来、それは第24夜で紹介した。今回のヤフオクの4本、それぞれに捨てがたい気持ちがあったが、1本目はやはり退色が気になり(太治郎型は保存の良いことを入手の条件にしている)、2本目は太子型で尺という大きさと胴裾の割れのため、また3本目は1番人気で高値になることが見えていたので見送り、最終的に4本目を狙うことにした。応札状況での人気度はやはり3本目が抜きんでており、4本目は2番手であったが価格の上昇はそれ程でもない。署名がないという点がマイナス要因として働いたのかも知れない。結果は3本目は3万円台半ばで終了、4本目は2万円を超えることなく入手することが出来た。

そのこけしが早くも届いたので紹介しよう。大きさ尺の弘道こけしはずっしりとした重みを感じるこけしであった。私がこの4本目に狙いをつけた訳は2つあった。1つは何故署名がないのかということ。実際に手元で見れば何かその理由が見つかるかも知れないと・・・。もう1つは既に持っている昭和33年(10月)の弘道こけしと比べて、木地形態、描彩の変化を比べることであった。

Hiromiti_s34_maehan_hikaku さて、今回のこけしを33年作と並べて見ると、その違いが予想以上に大きいのに驚かされた。先ず木地形態であるが、胴の長さはほぼ同じ。ただ本作は首の部分が細く、それから徐々に膨らんでいき、胴裾にかけて窄まった典型的なエンタシスの形状である。一方の33年作は首の部分もやや太め、そこからゆっくりと膨らんでいき、胴裾にかけて僅かに窄まっている。それ以上に異なるのが頭の形と大きさである。33年作は本作と比べて5分程長く、また横幅も大きい。そして形状も33年作はやや丸味を帯びているが、本作は相当角張っている。次ぎに描彩であるが、面描では、33年作は大きな頭に合わせて大らかに描かれており、両目の間隔も離れており前髪の本数も10本と多い。表情の特徴は目尻が下がった所謂垂れ目気味になっているところであろうか。しかし決してにやけた表情ではなくややおどけたような微笑みになっている。本作は目尻が上がって素直な微笑みと言ってよいであろう。胴のロクロ線は、33年作では対になった赤の2本のロクロ線の間の白木地の部分がかなり太いのが目に付く。また細い黒ロクロ線は5本引かれている。本作では赤ロクロ線の間隔は僅かで、黒ロクロ線は4本となっている。全体的には、33年作はおおらかでゆったりとした印象を受けるのに対して、本作は緻密で絞り込んだ感じであろうか。

Hiromiti_tajiro_syoki_hikak_2 次ぎに、無署名に付いてであるが、出来上がったこけしに何らかの不備な点があって売り物とはしないつもりであったものが、たまたま収集家の手に渡ってしまったというケースが考えられた。しかし、これについては不備なところは全く見いだせず、たまたま署名を忘れたまま収集家に渡ってしまったのが実情だろうと思われる。となると製作時期はいつかというのが気になる。そこで手元の33年、34年のこけしを製作時期順に並べてみた。写真(3)は右から33年10月、34年2月、本作、34年6月、34年11月である。胴の木地形態やロクロ模様(特に返しロクロ)は34年2月作に近いことが分かる。一方、頭の形や面描は34年6月作に近い。従って、34年の前半(3月~5月頃)に作られたものと推測される。ちなみにヤフオクに同時に出品されていた作は、写真では見にくかったが5月という署名に見えた。初期弘道こけしについては34年作は最近よく見かけるようになったが、33年作になると殆ど見かけない。今後は33年作の追求に心が惹かれる思いである。

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コメント

 例の34年騒動?で改めて弘道を取り出し、且つここの比較写真を拝見して気付いたのですが、34年に限った話、知見の範囲では前髪の本数が初期10本から後期8本へと減少傾向にあるようです。これを整理すると、所載の無署名は9本ですし、ご推測通り「34年の前半(3月〜5月頃)」、恐らく5月前後ではないかと思われます。サイズに因るのかも知れませんが、何れ尺近辺に於いて10本描かれるのは4月前後までの様です。
 因に太治郎復元開始の42年近辺は、手持ちのサンプルですと大きさにかかわらず8〜10本と様々です。35年〜41年も8〜10本があり、製作時期判定の参考にはならないようです。

 蛇足ながら、手持ちのトミさんは8本、遼子さんは形式に囚われない感じで11本でした。どちらも製作数が少ないので、サンプルは一本ずつしかありません・佐藤正一は20年代しか持っていませんが、11〜12本です。各種文献や中古写真を観るとこれは30年代も同傾向のようです。

投稿: kokekokko | 2010年4月27日 (火) 10時17分

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