« 第202夜:鳴子駈け歩き(4) | トップページ | 第204夜:こけし談話会(円吉一家1) »

第203夜:ピーク期とその周辺のこけし(清次郎2)

Seijiro_6sun_s39_kao 第198夜で小林清次郎さんの昭和48年作のこけしを取り上げたが、「木の花(第7号)」ではもう1本、昭和39年のこけしが佳作として選ばれている。清次郎さんのこけしについては、「こけし手帖(417号)」で村上穆氏が各型について詳細に述べており、それを補足する形で川上克剛氏が「こけし手帖(419号)」で吉太郎型誕生までの経緯を述べている。さらに井田丈男氏が「こけし手帖」の451号、452号と2か月に渡って詳しい説明を載せている。それらから、この昭和39年作は吉太郎型としての最初のこけしであり、「原」は大正末期の6寸5分朴材使用で俗に『赤湯手』と呼ばれているものである。なお「原」の写真は手帖419号に掲載されている。今夜はそのこけしを取り上げてみよう。

Seijiro_6sun_s39 本稿掲載のこけしは中古で入手したもので、胴底に「39.8.16」の書き込みがある。手帖451号によれば、この原こけしは昭和37年12月に川上氏の依頼で清次郎さんが写し(イタヤ材)を作成したのが最初で、39年の友の会例会で頒布(朴材)されたとのことである。従って、本稿のこけしはその時期のものと思われる。写真で見ての通り、このこけしは眉が太い(原こけしも太い)。一方、「木の花」掲載のこけしは眉が太くなく頭がやや縦長で胴模様の『兎の耳』と言われる花冠もやや形が異なる。原こけしとの比較という点からは、本稿掲載のこけしの方がより原こけしに忠実に作られているようだ。なお、「木の花」では『この吉太郎型には吉太郎の甘美な味と清次郎の清潔な味が加わり、清楚な佳作として残る物になると思う。寸法、形態良し。胴模様も誇張がなく落着きを保っている。』と記載されている。その後もこの型のこけしは何回も作られたようだが、この39年作を上回るものは見かけない。

|

« 第202夜:鳴子駈け歩き(4) | トップページ | 第204夜:こけし談話会(円吉一家1) »

写し」カテゴリの記事

山形系」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/188678/41753094

この記事へのトラックバック一覧です: 第203夜:ピーク期とその周辺のこけし(清次郎2):

« 第202夜:鳴子駈け歩き(4) | トップページ | 第204夜:こけし談話会(円吉一家1) »