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第238夜;戦後の広三こけし(2)

Kozo_s32_kao 前回は戦後の奥山広三さんのこけしの変遷を見て頂いたが、最近、戦後の復活初期の広三こけしを入手することが出来たので、それを紹介したい。「山形のこけし」によれば、『戦後作は昭和29年が最初で、ロクロ線の赤が強く、下瞼が上部に湾曲したねこ眼のもので、面描は不慣れなためか、つたないものが多い。昭和30年から32年まではほとんど作らず、33年頃から継続的に作り始める。昭和35年までのものはロクロ線が青勝ちで、面描はひょうきんでとぼけた表情のものが多い。』とある。本稿のこけしは胴底に「昭和Ⅲ二年」の書き込みがあり、32年作と思われる。

Kozo_s32_hikaku 「山形のこけし」には昭和18年作の同じ模様のこけしが載っているが、角ばった頭や細く長い胴など、よく特徴を残している。眉目の描線は非常に細く、そのためとぼけた表情に見えるのかも知れない。写真②に本稿のこけし(右)と39年のこけし(左)を示す。比べてみると相違点がかなり多く、39年以降の広三こけしと一線を画せるのが分かる。この32年作から受ける印象は、いかにも古風という感じである。39年作には復元の影響があるにせよ、近代化された趣がある。胴のロクロ線の色合いや太さ、また花に添えられた茎や胴下部左右の柵模様も32年作はいかにも簡素である。一番の違いは頭頂部、前髪の後ろに描かれた赤い水引であろう(写真③を参照、右32年作、左39年作)。32年作では、前髪の直ぐ後ろから左右に3本ずつ後方に赤い水引が描かれているが、39年作では、前髪と後方への水引の間に、前方へ2本ずつの水引が追加されている。これは39年作以降は全てそのようになっている。「山形のこけし」では、昭和Kozo_s32_s39_tocyo_2 14年の復活作に対して『久々の復活のため、 頭の様式など忘れている所もあり、頭頂の手絡模様が前髪に墨の線1本のみのものもあり、赤の水引が描かれていないものもある。』とあることから、32年作でも欠落していたものと思われ、復元により39年作からは描かれるようになったのであろう。

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