« 第236夜:初期作の味わい(9) | トップページ | 第238夜;戦後の広三こけし(2) »

第237夜:戦後の広三こけし

Kozo_s39_kao 山形系のこけしは小林家の一族が中心で、小林倉治とその息子達の代に全盛期を迎えたが、その後は後継者も少なく人気の点でも今一つという状態が続いている。同じ山形系の奥山広三のこけしもまた玄人好みのするこけしで一般的にはあまり目立つこけしとは言えないのであろう。私も広三こけしは良く見かけていたが殆ど入手することもなく時は過ぎていった。その広三こけしを見直したのは東京こけし友の会の入札で見た1本がきっかけであった。今夜はそのこけしを中心に戦後の広三こけしを見てみたいと思う。

Kozo_s39_hikaku 奥山広三さんは明治38年の生まれ、父で師匠である奥山安治は小林倉治の弟子である。広三さんのこけしは胴に2種類の花模様を描き、一方は草書体風の丸花を纏めて描き、下部には「北」という字形の茎を添えている。他方は一輪ずつの小さな花を胴全体に散りばめ、下部左右に井桁状の垣根を描いている。後者の模様の方が古くから描かれているようだ。「山形のこけし」の奥山広三の項の説明によれば、『戦後作は昭和29年が最初で・・・(中略)・・・。昭和37年に有馬氏の古作、同38年には加藤文成氏の古作をそれぞれ手がけ、この頃より表情に張りのある、線の鋭い作品を作り、昭和43年頃までのものは佳作が多い」とある。さて、写真②右端のこけし(8寸)が友の会の入札で入手したもので、胴底には「昭和参拾九年二月作』との署名がある。「山形のこけし」で言われた、『張りのある鋭い表情のこけし』である。右から2番目(6寸)は昭和40年代初めの作で、頭が横広で丸くなり、目の上瞼の描法がなだらかになる。但し未だ凝視度は鋭い。右から3番目は胴底に「43.3.24」の書き込みがあり昭和43年頃の作と思われる。頭は横広ではなく球形で、肩の段部の湾曲はやや滑らかになった。面描では前髪と横鬢が小さくなり、両眼が真中に寄って優しい表情になってきた。左端は更にその後の作で、目の湾曲が強くなり、特に上瞼が下瞼より相当長く被さるようになる。また眼点も大きくなって優しさは増す。この傾向はその後どんどん大きくなるとともに魅力も薄くなり、私の収集の対象からは外れてしまうのである。

|

« 第236夜:初期作の味わい(9) | トップページ | 第238夜;戦後の広三こけし(2) »

山形系」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/188678/43488975

この記事へのトラックバック一覧です: 第237夜:戦後の広三こけし:

« 第236夜:初期作の味わい(9) | トップページ | 第238夜;戦後の広三こけし(2) »