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第244夜:写しと型(考)3

Sakari_kanji_s27b_kao 戦後の「写しと型」の始まりは高橋盛、福寿父子による高橋勘治型のこけしと言われている。昭和27年に作られた西田勘治を「原」としたこれらのこけしは「写し」と言って良いであろう。但し、今のように木地から描彩まで忠実に再現したものではなかった。第211夜で紹介した盛さんの勘治型こけしは胴底に「明治時代想出乃作 六〇三才」との記載が署名と一緒のある。

Sakari_kanji_s27_hikaku さて本稿のこけし(写真(2)左)は鹿間旧蔵品で「こけし・人・風土」に掲載されているものである。昭和63年3月、新宿京王デパートで開催された忠蔵庵主催のこけし展で入手したものである。当時の私にとっては相当の金額であり、一晩考えた末に購入した思い出深いこけしである。胴底は1cmほどくり抜かれており、その窪んだ部分に「勘治型」「六十三才」の署名がある。木地は福寿さん(福寿さんに確認した)。写真(2)右は思い出して作った「写し」であるが、左のこけしからははっきり「勘治型」と意識して作ったいうことなのであろう。所謂「勘治型」の誕生である。木地形態は「原」より多少太めであるが概ね変わらない。顔の描彩もまだ「原」の面影を残していると言って良いであろう。但し、胴模様では「原」とは異なり二輪の正面菊の上中下に3対の添え葉を描いており、この描法はこれが最初で以後踏襲される。同じ昭和27年作と言われる植木氏蔵の盛勘治型では胴の形態が肩の山が低い通常の盛さんのこけしの形態になっており、面描も目尻が下がったものになっている。そしてその形態と描彩が盛さんの勘治型として定着していくのである。

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