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第239夜:弘道の太子型(1)

Hiromichi_jizo_s36_kao 明けましておめでとうございます。本年も当ブログをよろしくお願い致します。年末の30日から1泊2日で伊豆半島巡りをしてきたため、新年の準備もままならぬ内に元旦を迎えることになってしまった。天気も良い穏やかな正月を迎え、早速こけしの箱を開いてみた。まだまだ先の長い本ブログのネタ探しでもある。せっかく掲載するのだから見て下さる方々に何か参考になることを書くことも必要だと思う。新年第1弾は、弘道さんのこけしになってしまった。弘道こけしの変遷は「木の花(第参拾号)」の『弘道のこけし』で矢田氏が詳細を述べられているが、その記述の中で『・・・。しかし、太子型の形の変化は大きく、図示しないが④⑤⑥⑫⑰の頃その時々によって見ると、台の変化が大きくそれに伴って胴のしぼり、胸のふくらみが変化している』とある。矢田氏が述べている時期は弘道こけしとしては低調で魅力に乏しいのであるが、この太子型の形態に興味を持って集めてきた。それを順次紹介したいと思う。

Hiromichi_jizo_s36_hikaku 弘道さんが太治郎型のこけしを作り始めたのは昭和33年から。その当時のこけしの写真は「こけし手帖22号(昭和33年8月発行)に掲載されており、本型(紫波線模様)、古型(返しロクロ模様)と太子型が掲載されている。弘道さんの初期のピークである昭和33年、34年の太子型は他に見たことが無く、そう多くは作られなかったものと思われる。前述、矢田氏の言う④は36年6月。写真(2)の右のこけしは36年4月1日作の7寸3分で表情には35年頃の面影を留めている。けれんみのない素直で穏やかな微笑みである。木地形態も均整がとれており、太い赤のロクロ線と細い黒のロクロ線が濃厚な装いを表出している。写真(2)の左6寸はそれより後の作。表情の特徴は矢田氏④がそのまま当てはまる。すなわち、『この頃になると、上瞼が短くなって湾曲が少なくなり、目の両端が大きく開き、両瞼の筆致が細くなる。頭は少し丸みを持ってややあどけなさのある表情となっている。ビンが短くなる。』胴の木地形態は裾の絞り込みが緩くなり、やや直線的となっている。赤のロクロ線がやや細くなり、逆に黒のロクロ線(特に一番上)が太くなってきたのが分かる。

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