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第301夜:丑蔵の兄弟達(佐藤三治)

Sanji_s45_kao とうとう関東地方も梅雨が明けたようだ。例年よりも1週間近く早かったし、雨も少なかった気がする。その割りには水不足という話は聞かれず、水源地には十分な雨が降ったのであろう。さて佐藤丑蔵を話題にする時に、丑蔵は遠刈田系?、それとも肘折系?かと悩んだりすることはないだろうか。「こけし辞典」では肘折系となっているが、「原郷のこけし群」では遠刈田系に入っている。こけしの特徴から判断すると湯田時代以前は肘折系、それ以降の遠刈田に戻ってからは遠刈田系とするのが妥当のように思われるが、いかがなものであろうか。ところで、丑蔵には三治や誠次のようにこけし工人の弟がいるが、こけしが少ないせいかあまり語られることがない。そこで今夜は、三治のこけしをとりあげてみようと思う。

Sanji_s45_hikaku 佐藤三治は明治30年9月の生まれ、佐藤文治次男で丑蔵の弟にあたる。明治43年に丑蔵とともに肘折に行き、佐藤文六に木地を習った。翌年からは及位に行き大正7年まで働いた。その後は肘折で結婚して木地業に従事したが、不況のために昭和7年ブラジルへ移民として旅立った。ブラジル移民後は昭和45年の万博時に一時帰国し、遠刈田にて若干数のこけしを作った。

写真(2)の左は一か月程前にヤフオクにて入手したもの。昭和45年の一時帰国時に作ったものの内の1本だという。胴底の署名は「佐藤三治 南米」とある。遠刈田のこげす型。小寸ゆえの一側目であろうが、涼しげな瞳に大きな笑口は不気味ささえ感じられ、その雰囲気は明らかに肘折系のものである。胴の楓模様も先が7つに別れた珍しい様式である。右のこけしは時々見かけるもので、胴底には「ブラジルニテ 三治 七十七才」の署名がある。昭和49年頃ということになる。こちらは大きな二側目に大きめの笑口。文六系列の雰囲気を良く出していると言えるだろう。

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