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第370夜:太市と伝六のこけし

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先日ヤフオクで入手した土湯系4本のこけしの中に、佐久間太市と伝六のこけしが入っていた。保存状態は良いものの、こけしの出来としては特に惹かれるものもなかったのでそのままにしていた。昨日、古いこけし手帖を見ていると偶然、佐久間粂松の特集となっており、その記載の中で太市・伝六のことにも触れていた。そこで、入手した2本のこけしについて気になることがあったので、今夜はその話をしてみたいと思う。口絵写真は伝六のこけし。

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気になった点というのは、入手した2本のこけしの署名の筆跡が同一人が書いたと思われたからである(写真②参照)。2本のこけしの胴底には、この署名のほかに入手者が張り付けたと思われる紙の小片があり、そこには「三五.六.二〇」と記入されている。工人から直接入手したのかどうかは分からないが、同時に入手したことは確かであろう。従って、この2本のこけしは同時に作られ、何らかの理由で署名は一人が書いたとものだろうと、その時は理解したのである。

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ところがである。「手帖(30号)」の粂松特集の中で、筆者の鹿間氏は次のように述べているのである。『・・・ 息子の太市が木地挽きをし、面描きは粂松がしたことがあるが、自分で描いた確実なものを私は知らない。粂松の弟の虎吉によると、今まで太市の名で売られたのは孫の喜平が描いたのが多いというし、現在は喜平の弟伝六が描いている。私は彼に粂松型を作るよう極力説いたが、ようやく最近になって、こけし会の努力により実現したことは喜ばしい。』と。なお、このこけし手帖の発行は35年4月25日となっている。すなわち、本稿の2本のこけしを入手した時点の話ということになるのである。ここから類推されるのは、昭和35年当時、佐久間伝六さんは2種類のこけしを作っていたのではないかということである。1つは鹿間氏に勧められた粂松型(写真③右)、もう一つは父親の太市型(太市名義:写真③左)である。なお、「こけし辞典」の佐久間太市の項には昭和26年の太市のこけしが掲載されており、その作風は本稿の太市こけしとは異なることから、35年以前に太市描彩のこけしが作られていたのかも知れない。あるいはそれが喜平描彩のこけしなのかも知れない。

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