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第392夜:これは誰のこけし?

Shingo_kao

昨夜のヤフオクに出た岩蔵を見ていて、1本の作者不明のこけしを思い出した。今夜はそのこけしをお見せしたい。これは、「こけし手帖(470)」で取り上げられたこけしでもある。そこでは工人名として中鉢新吾を挙げている。こけしの胴底に「中鉢晋吾」という鉛筆書きがあるからであろう。中鉢新吾(晋吾)は「こけし辞典」によれば大正12年の生まれで大沼竹雄の弟子として2年間修業し、昭和22年より中山平で開業し、こけしも作って大阪の乙三洞などへ出していたが、間もなく転業したとされる。

Shingo_all

本作を見て、先ず頭に浮かぶのは、大沼岩蔵系列のこけし、特に健三郎のこけしではないであろうか。「手帖」によれば、このこけしの出所は名和コレクションで、同じく名和コレクションの健三郎こけしと対比して解説されている。ちなみに新吾は、岩蔵、健三郎の妹である「たき」の息子である。従って、竹雄の弟子でありながら大沼系列のこけしを作ったのであろう。岩蔵が居た中山平で開業していたということも影響しているのかも知れない。「手帖」では、健三郎との違いを次の3点で示している。①横鬢、②頭頂部の水引、③胴模様。①の横鬢では、新吾のこけしでは3筆が外に行くほど下がっている。健三郎ほかの工人でも、このような形式の横鬢は見当たらない。②の水引も新吾は、前髪の上に線香花火のよう赤と緑の細い線を沢山描いている。③の胴模様も健三郎とは筆致が異なり、菱菊の上の点描のみ青(ブルー)で描いている。従って、このこけしが健三郎作という可能性は低く、やはり新吾の作という可能性の方が大きい。一方、このこけしの完成度から考えると、相当数が作られたものと思われるが、今

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まで同様のこけしを、現物はもちろん、文献等でも見たことがない。これは一体どうしたことなのであろうか。そして、このこけしの製作年代はいつ頃なのであろうか。手帖では、前述の健三郎が昭和28年作であり、それとあまり変わらない時期、即ち、転業後に断続的に作っていた時期ではないかと推測している。このこけしについてはまだまだ分からないことが多いということなのである。

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コメント

この作者を含めて、本田久雄さん・秋山清一さんは今もご健在なのでしょうか?もし新吾さんがおられるのですかならは話を訊きたいですね。

投稿: しょ〜じ | 2010年4月19日 (月) 23時52分

しょ~じさん、コメントありがとうございます。ぜひ、しょ~じさんのような若い方々に探求して頂きたいですね!

投稿: 国恵志堂 | 2010年4月20日 (火) 21時45分

ご無沙汰しておりますhappy01
会ってみたいのですが,ここからは距離がありすぎますね。
鎌先出身の佐藤(伊藤)稔さんが15年程前に亡くなったということは聞いてますが…confident

投稿: しょ~じ | 2010年4月20日 (火) 23時38分

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