第432夜:健三郎の戦前作か?
鳴子の桜井万之丞は明治24年の生まれ。大沼甚三郎の4男で、明治38年15歳の時から中山平の長兄岩蔵について木地修業をした。こけしは大正時代から作ったとされるが、戦前は大物の木地挽きが中心で、こけしの数は少ない。木地は自挽きの他に兄弟子の秋山忠と弟の健三郎の3種があるという。出品作を写真で見た時点では、木地は健三郎だと思っていた。自挽きは肩にロクロ線の入らないシンプルなものが多い。
ところで、こういう表情の万之丞こけしがあるのかどうか、戦前作が載った文献を探してみたが、見当たらない。万之丞のこけしは眼点が大きく愛らしいこけしである。「美と系譜」に忠木地(昭和14年11月)で肩にロクロ線の入った作が載って居るが、前髪、水引の様式が異なる。そして「こけの世界」を見ていて、ハタと気付いたのである。「こけしの世界」は87頁の上段に万之丞(3本)、下段に健三郎(3本)が載っているのであるが、この写真を見て、本稿のこけしは万之丞ではなく、健三郎ではないかと思ったのである。胴は健三郎木地と考えていたから似ているのは当然として、面描に幾つかの共通点が見つかったからである。まず輪郭を描いて筆先で毛描きした前髪、水平に描かれた水引(万之丞は前方に垂れる)。そして決め手となったのが、前髪と横鬢の間に上に跳ねるように添えられた赤1筆の鬢飾り。このような鬢飾りは戦前の健三郎にしか見られない。
健三郎の戦前作もまた数少なく、現存する最古作は昭和12年の復活作である。これは「木の花(第拾八号)」の『ピーク期のこけし(四)』で紹介されている。古雅でおおらかな表情が素晴らしい。戦前の文献では「古計志加々美」に昭和15年作が載っているが、特徴のないおとなしいこけしで、加々美での評価も高くない。しかし本稿のこけしの充実度は素晴らしい。小さめな前髪に4筆の大きな横鬢、前髪からわき上がるように描かれた水引、前髪後部の3つの赤点は大きくぼってりとしている。そして、何と言っても張りのある瞳が素晴らしい。12年の復活作から4年経ち、健三郎のこけしは兄達に決して引けを取らないレベルまで完成度を高めていたのである。この1本が、戦前の健三郎こけしの評価を一変させることは間違い無いだろう。署名の間違いから思わぬこけしを発見することになった。こけし蒐集の醍醐味を味わった楽しい1日であった。
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コメント
読んでいてドキドキしました。
大発見おめでとうございます!
投稿: :☆:*・*:☆:*・*:☆: | 2010年7月18日 (日) 18時58分
こけしの描採は健三郎ですが著名は万之丞本人の字っぽいですね!
投稿: しょ〜じ | 2010年7月19日 (月) 14時44分
しょーじさんもそう思いますか。
だとすると、何で万之丞が署名したのか、謎ですね?
単なる間違いなのか・・・。
投稿: 国恵志堂 | 2010年7月19日 (月) 16時52分
ここまで調べても、きっと自分には分からなかったかも知れません。謎のこけしですね。もしかしたら「おい、1本だけ注文のこけしが足りないんだけど、お前さんのもらってって良いかい?」「おう、いいぞ〜もってけ〜」みたいな会話が在ったんでしょうか。まさに謎です。
投稿: kuma | 2010年7月19日 (月) 20時23分
kumaさん、その発想は凄い!
そんなことは考えもしませんでしたが、ありかも知れませんね。
案外、そんな大らかな時代だったのかも知れません。
投稿: 国恵志堂 | 2010年7月19日 (月) 20時57分