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第431夜:田中敦夫のこけし(初期作まとめ)

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もう一夜、田中敦夫の初期こけしの話を続けたい。今夜は初期作の中の変遷をもう少し詳しく見てみよう。製作年代のはっきりしないこけしの経年変化を調べる時、私は胴底の工人の署名を参考にする。署名のない戦前の古品にこの方法は使えないし、昨今の工人の署名は変化があまりないから、やはり役に立たない。署名が一般化する戦後の昭和30年代から40年代にかけては、工人によっては、この署名の変化が大きく、年代推定の役に立つのである。

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写真(2)に敦夫の初期こけしを年代順に並べて見た。右から順に①から⑥とする。①の栄治郎型が昭和34年頃、②の手絡直胴が34年~35年、③④の黒頭桜崩し模様の2本は35年前半(5月7日以前)、⑤の手絡重ね菊は37年前半(5月27日以前)、⑥の手絡重ね菊は37年5月頃と推定した。年代推定の根拠の第一は、胴底に貼られた入手年月日と思われる日付を書いた紙片。これは、②~④の3本は「35.5.7」、また⑤⑥の2本は「37.5.27」(⑥は直接鉛筆での手書き)。従って、これだけでは、②から④と⑤⑥の順番が分からない。そこで、胴底の署名を参考にす

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ることになる。写真(3)がその署名であり、全て「蔵王 田中敦夫」と書かれている。ここで私は「蔵王」の2文字に注目した。①②の2本は『蔵』の字が楷書体であることが分かる。その他の4本は全て草書体となっている。従って、②と③④とは製作時期が異なると考えられ、字体から②の方が古いはずと考えた。この3本を入手したコレクターは、35年5月7日に蔵王温泉で、店に並んでいた3本を同時に入手したものと思われるが、並んでいたこけしの制作時期は違っていたのであろう。次に⑤⑥の2本である。この2本、胴底の記録は同じ「37.5.27」であるが、描彩から同時期のものとは思えない。前4本の流れから考えると、⑤」の方が古そうだ、そこで署名を見てみると、『王』の字体が異なるのが分かる。⑤は楷書体で②から④と同じ、一方⑥は草書体。⑥のこけしは胴底の記入から大阪こけし教室で入手したものと思われる。大阪こけし教室の頒布品であれば、注文により作られたもので、製作日は37年5月27日からそれほど古くはないと思われる。従って、⑤の製作時期は、それよりかなり古いものと推測されるのである。

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