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第440夜:和紀の初期粂松型(その1)

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土湯系の湊屋系列のこけしは、浅之助の5人の息子達(由吉、粂松、米吉、七郎、虎吉)によって大きな広がりを見せることになるのであるが、中でも私は粂松のこけしが最も好きであり、粂松型のこけしの収集に力を入れてきた。しかしながら肝心の粂松のこけしを入手することが出来ないことから、それらのこけしの紹介をする機会がなかなか無かった。今回の入院を機にそれらを順次紹介したいと思う。今夜は、陳野原和紀の初期粂松型である。口絵写真は初期粂松型の顔アップである。

Kazu_kumesyoki8_hikaku

粂松型と言えば、平成10年に亡くなった陳野原和紀が頭に浮かぶ。和紀が鹿間氏の勧めにより粂松型を本格的に始めたのは昭和43年の5月から。その極初期のこけしは第97夜で紹介したが、それらは未だ粂松型とは言えないようなこけしであった。さて、写真(2)に3本の初期粂松型のこけしを掲載した。右端は本格的な粂松型の作り始めの頃のもので、胴底には「粂松型 和紀作 土湯」との署名がある。ちなみに97夜のこけし(43年5月作)には「粂松型」の署名は無い。従って、昭和43年の6月から7月頃の作であろうか。下窄まりのらっきょう形の頭に、大きな撥型の前髪、二筆の大きな鼻、下瞼の長い二側目には大きめな眼点を横から打ち込んでいる。胴はやや太めであるが均整がとれている。真ん中のこけしもほぼ同様の作風であるが、頬に少し肉が付き、胴は細くなってスマートな形態となっている。顔の各パーツが小振りとなり、整ってきた反面、迫力は少なくなった。胴模様は色彩が濃く、ロクロ線も緻密になって濃厚な雰囲気が強くなった。署名は「土湯 陳の原和紀作」。左のこけしは、この初期粂松型の完成品で、比較的よく見かけるこけしである。頬はふっくらとして頭は楕円形となり、面描も手慣れてきた。横に大きく広がっていた前髪も小振りになっている。この3本の前髪の毛先を良くみて頂きたい。右のこけしでは細い筆で実に細かく毛先を入れている。中央ではそれがかなり荒くはなっているが丁寧に描いている。そして左のこけしでは、明らかに描き方が変わって乱雑に描かれている。すなわち、右の2本は1本1本丁寧に描いているの対し、左のこけしでは量産するために簡略化した描き方に変わっているのである。

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コメント

いつも面白いお話をありがとうございます、さて、入院をなさっていたとの事で、大変な目に遭いましたね。くれぐれもお体に気を付けて、これからもホームページ上で色々とご教授下さい。

投稿: 益子 高 | 2010年8月11日 (水) 20時33分

お陰様で何とか命拾いをし、一週間で復帰することが出来ました。これも医療技術の進歩のお陰ですね。まだまだ先の長いこのブログですが、何とか頑張ってやっていきたいと思います。ありがとうございました。

投稿: 国恵志堂 | 2010年8月11日 (水) 21時13分

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