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第448夜:喜一のこけし(戦前)

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今夜の喜一のこけしも、昨夜の孝太郎と同じく川越の旧家からの出物である。この川越の出物、保存状態はまあまあなのであるが、どういう訳か頭頂部の色が飛んでいるのである。孝太郎の2本のこけしはいずれも、青根こけしの特徴である頭頂部の青点が完全に消えていた。今回の喜一も、残念ながら頭頂部の緑の模様がかすかな痕跡しか残っていなかった。これは正面からの写真では分からないため、ネットオークションの大きなリスクとして覚悟しておかなければならないだろう。

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佐藤喜一のこけしは年代が下がるに従って、眉目が左右に開いて横鬢にくっつくようになる。戦後のこけしは殆どそうである。戦前のこけしも昭和10年代の中頃になると、この傾向が強くなる。また頭の形も次第に頬がこけた逆おむすび形となってくる。「木の花(第参拾壱号)」の『喜一こけし』には、⑦と⑧に本稿のこけしと同じ中寸の喜一こけしが掲載されている。⑦は昭和8年頃の作で頭は丸く、眉目の湾曲は大きく、目は細い。⑧は昭和12年頃の作で頬は窄まり、横鬢は長く、眉目の位置が下がっている。さて本稿のこけしであるが、頭の形は丸く⑦に近い。横鬢は長くなく、眉目の位置は高い。ただ、⑦と比べると眉目が横鬢に近づいており、これは⑧に近い。従って、本稿のこけしは昭和10年頃と推定される。写真(2)は右が本稿のこけしで、左は第297夜で紹介した昭和15年頃の作。頭の形や眉目、横鬢の位置は上述の通りであるが、ここでは、胴模様のあやめの花弁に変化が見られる。すなわち、右(昭和10年頃)では4枚の花弁が全て水平であるのに対し、左(昭和15年頃)では、両脇の2弁が垂れ気味になっている。そして、この花弁の垂れは戦後の喜一こけしではより顕著となり、年代判別の決め手ともなっているのである。

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