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第476夜:春二のこけし(昭和40年代~)

Haruji_s43_kao

私が最初に春二のこけしを入手したのは昭和47年、東京の小田急デパートで全日本こけしコンクールの東京大会があって、その即売品であった、即売とは言っても階段を駆け上っての競争で先着しないとなかなか入手は出来ない時代であった。その時は結構前の順番となり春二のこけしを買うことが出来たのである。さて、昨夜は春二の昭和30年代初め頃までのこけしを見てきた。流石に戦前作には及ばないもののその香りを残したこけしであることに間違いはない。今夜は春二の昭和40年代に入ってからのこけしを紹介する。口絵写真は昭和43年のこけし。

Haruji_s43_hikaku

春二の作風が大きく変わるきっかけとなったのは、昭和35年に行われた幸太型と茂吉型の復元だったと思われる。しかしながら、「原」となった幸太のこけしにしろ茂吉のこけしにしろ、いずれも戦前のこけし。それをそのまま真似ただけなら、あのような近代的なこけしにはならないであろう。そこには春二だけでなく、こけし界全体、もっと大きくは世の中全体の大きな流れがあったに違いない。それを引き起こしたのは戦後の経済成長に他ならない。今、自分の少年時代を思い出しても30年代までと40年代以降では大きく変わっている。それがこけし界にも影響を及ぼさなかったはずはない。写真(2)の右は昭和40年作で左が43年作。昨夜の昭和20年代から30年代のこけしと比べると、スマートで垢抜けした感じを受けるであろう。「美と系譜」109番に載っている右3本は昭和38年から41年作。本稿のこけしを同様の作風である。「愛こけし」44頁に載っている群像も昭和42年から43年頃。写真(2)右と同様眼点の大きな一側目である。同左の43年作は、前髪や目の描法がそれらとは異なる。あるいは春二自身の古作の復元なのかも知れない。表情だけでなく、胴のロクロ模様も大きく変わっているのが分かる。昨夜の直胴こけしでは、細いロクロ線を組み合わせ、地の空間もうまく使っているが、本作では太いロクロ線(帯)を組み合わせて地の空間を埋めてしまっている。色調も淡く、明るいが軽い感じを受けてしまう。

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