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第490夜:新兵衛古作

Shinbe_s22_kao

先ほど、柿澤是隆さんに橘頒布の盛たちこの製作依頼で電話をした。今は来春7日~11日まで仙台で開かれる「柿澤こけし-新春展-」の準備で忙しいらしい。この大寒波で鳴子は雪が40cmも積もっているとのこと。さて、今夜は、先日の「ひやね」入札会で入手した新兵衛のこけしを紹介したい。見た感じから戦前作かと思っていたが、実際には戦後直ぐのもの。しかし新兵衛の戦前こけしは殆ど知られていないことから、敢えて「新兵衛古作」と呼ばせて貰うことにする。口絵写真は、その新兵衛古作の顔アップである。

今まで、入札などで新兵衛のこけしを入手する機会はあったのだが、どうも縁無く手許に持ったことはなかった。従って、新兵衛のこけしについても深く知ることもなく、今回、ひやねで入札品を見て、如何にも古そうだったので入札したところ運良く落札することが出来たのでる。

さて、鳴子系の大沼新兵衛は明治19年鳴子の生まれ。大沼平三郎の3男である。13歳から、父平三郎と兄誠について木地修業をした。18歳(明治36年)より肘折温泉に出稼ぎに行き、その後は鳴子以外に中山平、鹿ノ原、及位にも移っている。大正14年からは仙台に居住し、昭和20年8月に鳴子に戻っている。その後は鳴子で木地業に従事し昭和32年に72歳で亡くなっている。戦前のこけしは殆ど知られておらず、戦後のこけしは「こけしの郷愁(3)」に紹介されたのが最初であろうと「こけし辞典」には述べられている。

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写真(2)右が今回の新兵衛古作で左はよく見られる新兵衛のこけし(昭和20年代後半)である。新兵衛古作(7寸)は胴底は鋸挽きであり、六二才との記載がある。角張ってやや横広ぎみの蕪頭に反りの少ない直線的な胴、肩の山は高い。左の如何にも手慣れたこけしと比べて、古風さが際だっている。昭和20年に鳴子に戻っていることから、このこけしはそれから間もない頃に作られたものと考えられ、戦前の新兵衛こけしの作風を良く残しているものと考えてよいであろう。「郷愁(3)」は昭和28年11月の発行、その掲載こけしは木地形態や面描から、本稿のこけしよりは新しいのではないかと思われる。新兵衛のこけしは「こけし辞典」でも『・・・、鳴子で足踏ロクロを回し、一筆目の古い様式を伝えたこけしを作り続けた。』とあるが、口絵写真を良く見て頂きたい。このこけしの目は一筆目ではなく、明らかに一側目である。もともと下瞼は小さなものであり、これが更に小さくなって一筆目になったのか、ある時点から一筆目で描き始めたのかは判然としない。他にも頭頂部の前髪と水引の様式や胴の菱菊模様など、見た目の違いは大きい。それから数年の後には、写真(2)左のような洗練された新兵衛こけしが完成するのである。

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コメント

goodこの二本とは又趣の違う新兵衛こけし、私の手元にあります。木地の形態は画像左の新しい方に近い(←胴底に「六九才」と本人手で墨書き有り)ですが、一筆眼でなく一側眼です。表情は左の「枯れて静かな味」とも、右の「ちんまりと、素朴な味」とも違い、「古武士的で剛直」な感じがします。頭の水引や胴の菊花の紅の色はやや暗めで濃く、葉のビリジアン、木地の白とかなり鮮やかなコントラストをつくっています。…「あまり見かけないタイプ」であるところに一目惚れしましたhappy01

投稿: こけりん | 2010年12月26日 (日) 10時29分

新兵衛というと写真左のようなもので一括りにされていますが、よく見て見ると趣の違うものもあるんでしょうね。そういうものを見い出すのも、こけし蒐集の醍醐味だと思います。

投稿: 国恵志堂 | 2010年12月27日 (月) 11時23分

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