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第495夜:高橋盛の勘治型(昭和20年代)

Sakari_kanji_s28_kao

正月2日、3日は恒例の箱根駅伝に一喜一憂している内に三が日が終わってしまった。明日からはもう仕事が始まってしまう。今年の最初のブログでは高橋盛の珍しい達磨を取り上げたが、最初のこけしはと迷ったあげく、やはり私が最も好きな盛のこけしを取り上げることにした。「木の花(第弐拾弐号)」の連載覚書で述べられているように、戦後にあって最も人気のあった『その華麗でまっ赤な色をもった盛のこけし』は、やはり新年を飾るこけしとして相応しいこけしと思ったからである。口絵写真は昭和20年代末頃の盛勘治型である。

高橋盛が、父勘治のこけしである勘治型こけしを最初に作ったのは昭和27年3月のこと(第211夜参照)。盛は最初の何本かは、「原」である勘治のこけし(西田勘治)を真似たものを作ったが、程なく自身の「勘治型」を作り上げてしまう。今の工人が、「原」こけしに忠実なものを作るのとは対照的である。盛の勘治型は勘治の様式を踏襲してはいるが、最初から盛自身のこけしだったのである。

Sakari_kanji_s28_hikaku

写真(2)に2本の尺5寸のこけしを掲げた。左は本ブログの第1夜で取り上げた福寿の勘治型である。そして、右が今夜お話しする盛の勘治型である。共にヤフオクで入手したもので、同一出品者から同時期に出品されたものである。尺5寸という大寸物であり、最初の所有者が、盛、福寿に特注したものかも知れない。木地形態も似ていることから同時期の作と考えて良いであろう。福寿の勘治型については第1夜で説明してあるが、盛の勘治型も勘治の「原」とは木地形態、描彩ともかなり異なっているのが分かるだろう。盛の胴は福寿よりも反りが少なく直線的で普通型と言ってよいものである。胴模様も、大寸の普通型の代表的な模様である、上に横菊、下に正面菊を配したものである。但し、下部の正面菊は丸形ではなく勘治様式の菱菊状になっている、これは、福寿の上部の正面菊と同形である。そして、頭部の描彩は完全に勘治型になっている。とは言え、頭頂部の髷は勘治の髷のような丸形ではなく、楕円形になっている。また目も下瞼の付いた二重ではあるが、上瞼が長く、下瞼はそれを支えるような形であり、目尻が下がった優しい表情になっている。勘治の目とは明らかに異なっているのである。

Sakari_kanji_s28_syomei

さて、ここで胴底の署名を見てみよう。盛の署名は昭和30年代になると、鉋の丸溝の中に「盛作」とだけ書くようになるが、本署名では、丸溝の外側に「高橋盛 作」と書いている。左の福寿の署名も見て貰いたい。やはり丸溝の外側に「高橋 福寿 作」と書いている。特に「高橋」という書体に注意して貰いたい。同じ書き方をしており、福寿が盛の署名を真似て書いているのが分かるのである。こけしの木地形態や描彩の様式、また署名の書き方から考えて、本こけしは昭和20年代末頃ではないかと推測されるのである。

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のリンクのページ(http://homepage3.nifty.com/bokujin/klink.htm)から
千夜一夜物語にリンクを付けました。

もしなにか差支えがある場合には御連絡下さい。

投稿: 木人子室 | 2011年1月 5日 (水) 18時19分

木人子室様
リンクを確認しました。
ありがとうございました。

投稿: 国恵志堂 | 2011年1月 5日 (水) 23時25分

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