第511夜:セン描彩のこけし
佐々木家のこけしの作者といえば、佐々木与始郎、セン、覚平の名前が挙がる。但し、与始郎は描彩をせず、センは木地を挽かなかったから、与始郎木地セン描彩こけし、覚平木地セン描彩こけし、覚平木地描彩こけしの3種類があることになる。佐々木センは明治27年の生まれ。明治40年に与始郎と結婚し、義祖父与市の指導を受けて、与始郎の木地に描彩を始めたという。昭和26年与始郎の没後は描彩を中止していたが、34年から息子覚平の木地に描彩を復活した。セン描彩のこけしについては「木の花(第弐拾壱号)」の連載覚書『与始郎のこけし』の中で取り上げられており、それを踏まえて「こけし手帖(520)」の中でも小川氏が詳しく述べている。
本稿のこけしは胴底に「南部系 九代目 覚平 お母さんエ」と署名されており、これは「木の花」によれば『・・・、これは覚平が記したもので、おかあさん(セン)が絵(顔の描彩)を描いたということを印したものだそうである。』と。また、このこけしには「せん 61.8.13」の書き込みもある。「手帖」掲載の小川氏の2本のセンこけしの内、右のこけしは昭和36年8月とのことから、本稿のこけしと同時期と言うことになる。目が小川氏のは中央寄りで、本稿のこけしはやや離れている点を除けば、木地形態、描彩とも殆ど同じと言って良いであろう。鼻が太く描かれているように見えるが、よく見ると、どうも小さい黒点で鼻の穴を描いたようにも見える。赤い口も上唇と下唇を描いたようにも見え、写実的な描彩なのかも知れない。向かって右の眉尻が上がっており、強く凛々しい表情をしている。
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