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第529夜:昭二さんが遺したこけし

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桜井昭二さんの訃報を聞いてから1日が経った。そして、偉大な工人を失った悲しみがひしひしと身に滲みる。そんな折も折、ヤフオクに昭二さんの珍しいこけしが出品されている。タイトルに桜井昭二の名がなければ見過ごしてしまうこけしである。出品こけしは2本。1本は木地山の泰一郎型、もう1本は仙台の高橋胞吉型のこけしである。こけし界に身を置いて40年経つが、このようなこけしがあるとは全く知らなかった。それは、あたかも昭二さんが亡くなるにあたって、こんなこけしも作ったんだよと言っているかの様でもある。

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写真(2)に示す2本のこけしは、昭二さんが亡くなる前から出品されていた。顔は、それぞれ泰一郎(右)、胞吉(左)を模したものであるが、胴模様の踊るような菊花は紛れもなく昭二さんの筆になるものである。また、胴底の署名も昭和30年代の前半から中頃の昭二さんの署名である。従って、この2本のこけしの作者は昭二さんに間違いないであろう。

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では、昭二さんは何故、このようなこけしを作ったのであろうか。私はこの2本のこけしを入手して、昭二さんに話を聞きたいと思っていた。だが、その思いはあまりにもあっけなく不可能になってしまった。昭和20年代の末から30年代の前半にかけては新型こけしが隆盛を誇っていた。伝統こけしは影が薄く、鳴子系では昭二さんと福寿さんの二人が、この新型こけしの分野でも活躍し、コンクールでも数々の賞を受けていた。30年代の中頃になって、ようやく伝統こけしが見直され出し、昭二、福寿の二人も伝統こけし製作に重点が移っていく。その後の活躍は、ご存知の通りである。そんな昭二さんにとって、他系統のこけしを作るくらい朝飯前のことだったと思う。それが、昭二さん自身の考えによるものか、愛好家の要請によるものかは分からない。この2本のこけしは、そういうことがあまり煩く言われない時代の産物だったのであろう。

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コメント

お久しぶりです。桜井さんの訃報を聞いてびっくりしました、桜井さんのこけしは数あるこけしの中でも最も好きなこけしのひとつでしたので、残念で仕方がありません。これで名工「岩蔵」の遺鉢を
継ぐこけしを作れる人が一人消えました、ただ悲しいの一言です。

投稿: 益子 高 | 2011年3月28日 (月) 22時25分

益子さん、こんばんは。岩蔵型を戦後から平成へと引き継ぎ発展させた昭二さんも間違い無く「名工」に名を連ねる工人ですね。私は特に永吉型が好きでした。昭二さんが居なくなっても昭二さんの残したこけしでいつでも昭二さんを偲ぶことができます。昭寛さんの岩蔵型も良いこけしです。昭寛さんに期待しましょう。

投稿: 国恵志堂 | 2011年3月28日 (月) 23時12分

国恵志堂さま
はじめまして。こけし初心者です。
頭部は他系統を模していながら、胴はあえて鳴子…もしかするとこの組み合わせでさらに他の系統も一通り作られたのでは…
などと想像しました。
このような折でも日々、こけし1本1本に寄り添った記事を書かれていること、嬉しく思います。

投稿: suntronix | 2011年3月29日 (火) 12時22分

suntronix様
はじめまして。コメントありがとうございます。
仰る通り、他にも他系統のこけしを作ったかもしれませんね。そんな話を昭二さんから聞きたかったです。その内にまた、そんなこけしが出てくるかも知れません。それはそれで楽しみです。今後ともよろしくお願い致します。

投稿: 国恵志堂 | 2011年3月29日 (火) 19時41分

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