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第600夜:六合目到達(伊藤長一)

Cyoichi_s43_kao

ようやく600夜に到達した。500夜通過は1/18だったので、8ヶ月かかったことになる。1001夜まで、あと400夜、このままのペースだとあと2年8ヶ月ほどかかることになる。昔、富士山に登ったことがあったが、6合目ではまだまだ序の口であったのを憶えている。さて、今夜紹介するのは伊藤長一のこけし。長一のこけしもなかなか手元に置く機会がなく、じっくり見ることがなかった。口絵写真は長一こけしの顔アップである。

鳴子系の伊藤長一は大正5年、山形県最上郡舟形町長沢の生まれ。昭和14年秋に同地に伊藤松三郎を招いて木地修業を始めた。その後、兵役を経て、再び松三郎の指導を受け、昭和21年に独立した。昭和37年に吉田健次氏により発見され、その時の様子は「こけし手帖(56号)」に詳しく述べられている。また、大小10本のこけしが写真紹介されている。「こけし辞典」では、『初期のものはポスターカラーを使用した情味の乏しいもので、・・・(中略)・・・、染料も改善された。描彩は松三郎のほか、庄司永吉の影響もある。おっとりとした表情をひなびた装いでつつんでいる。』とある。その他の文献での写真紹介は「こけし(三彩ガイドブック:昭和40年10月発行」に掲載されている。

Cyoichi_s43_hikaku

写真(2)中央が本稿の長一こけし9寸5分(昭和43年、「ねじめ」頒布)である。ブルーっぽい緑色のロクロ線と肩の高い山や控えめでおとなしい面描など、基本は松三郎のこけし(写真左)の伝承であることが分かる。一方、長一のこけしには庄司永吉の影響があるとのことなので、右に桜井昭二の初期永吉型を並べてみた。胴下部に大きな正面菊を描き、上部に横菊を3輪配したこの胴模様は確かに永吉の胴模様を模したように見受けられる。従って、長一のこけしは松三郎をベースに、胴模様には永吉の要素を加味したものと言えるのだろう。

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コメント

6合目到達おめでとうございます!
これからも楽しみにしています。
長一のこけし、好きです。

投稿: 玉ちゃん | 2011年9月19日 (月) 14時24分

玉ちゃん様
早々のコメントありがとうございます。
次を目指して頑張っていきますので、お付き合い頂ければ幸いです。

投稿: 国恵志堂 | 2011年9月19日 (月) 17時59分

最上郡ではないでしょうか?

投稿: しょ~じ | 2011年9月20日 (火) 09時50分

しょ~じ様
山形県には「長沢」が2つあり、「こけし辞典」の記載(西置賜郡小国町長沢)は間違いということですね。訂正します。
ありがとうございました。

投稿: 国恵志堂 | 2011年9月20日 (火) 23時48分

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