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第608夜:五十嵐勇さん逝去!

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鳴子の五十嵐勇さんが11日に亡くなったとの報が入った。五十嵐さんは9月の全国こけしまつりコンクールで受賞したばかり。病のためとのことであるが、そのような話も聞いたことはなく、全く突然と言うよりしか言葉がないのである。敬愛する師匠の桜井昭二さんが3月に亡くなったばかりで、その後を追うかの如く逝かれてしまった。ただただご冥福を祈るばかりである。さて、607夜から暫く間が空いてしまった。自由人宣言をしたのはいいが、各種手続きなど雑事に追われ、まだまだこけしに専念するにはほど遠い状態で、本ブログの更新も滞ってしまって申し訳ない限りである。明日からは、東京こけし友の会の旅行で津軽へ行く予定になっているので、また暫く更新はできないことになる。口絵写真は、五十嵐さんのこけしの顔アップ。

五十嵐勇さんは昭和10年、鳴子の生まれ。中学校を卒業した昭和25年より桜井昭二さんについて木地修業を行った。昭和37年に独立して開業、以来、上鳴子にてこけしを作り続けていた。勇さんは、昭二さんの作る各型の中でも、その中心である岩蔵型に専念し、その他の型は作らなかったようである。

Isamu_hosodo_s62

写真(2)は昭和62年作の7寸。取りあえず、この1本だけが手元にあったので紹介する。勇さんは、岩蔵の色々な型を作ったが、私は本こけしのような細胴が特に好きであった。今年の鳴子のコンクールで受賞作も、本こけしと同じ細胴で胴模様も同じ。ただ、受賞作は一側目であった。本稿のこけしは一筆目、何とも可憐で愛らしいこけしである。木地技術は天下一品で、肩のザラ挽き(ウテラカシ)も素晴らしい。岩蔵-昭二-勇と続いた岩蔵型こけしの後継者がまた一人いなくなってしまったのは、何とも寂しい限りである。

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鳴子系」カテゴリの記事

コメント

本当に悲しい急逝です。

投稿: kuma | 2011年10月13日 (木) 21時36分

kuma様
早速のコメントありがとうございます。
未だ76歳でしたからね。
木地挽きも描彩も全く衰えを感じませんでした。
残念なことです。

投稿: 国恵志堂 | 2011年10月13日 (木) 21時57分

3月の桜井さんの訃報といい、今回の五十嵐さんの訃報といい
本当に惜しい人が次々と亡くなっていきますね。私事ですが、自分
は小学低学年の頃からこけしが好きでしたが、北関東の片田舎という環境故になかなか現物を手にする事が無く、家に昔から置いてある観光こけしで渇きを癒していました。中学一年の夏休みにやっと仙台・松島に旅行する機会を得、そこで念願の伝統こけしを手に入れる事が出来て、大変喜んだ思い出があります(なにしろ、今の様にインターネットなどありませんでしたから)。その時に手にしたこけしが五十嵐さんのこけしでした。ですから、五十嵐さんに対しては、初めて手に入れたこけしの作者として特別な思い入れがあります。今はただただご冥福を祈るばかりです、合掌。

投稿: 益子 高 | 2011年10月15日 (土) 01時42分

益子様
コメントありがとうございます。
誰にでも、そういう思い出のある工人さんは居るもので、そういう工人さんの訃報は悲しみも一入ですね。その分、新しい工人さんに頑張って貰いたいものです。

投稿: 国恵志堂 | 2011年10月16日 (日) 22時45分

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