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第619夜:昭和30年代の秀雄こけし

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戦後のこけしブーム時に中心となって活躍された工人達は昭和1桁代の生まれで今や80歳を越える年齢となっており、既に亡くなられた方も少なくない。長老級となったこれらの工人さんの多くは昭和30年代からこけしを作っており、その製作歴は半世紀に及ぶ。その間に、こけしの作風が大きく変わった工人もいれば、変化の少ない工人も居る。変化の少ない工人でも、その初期に作ったこけしは時期によって結構違いが見られるものである。鳴子の大沼秀雄さんのこけしは昭和40年代になるとすっかり完成して安定したこけしになるのであるが、作り始めから30年代のものは、その推移を見るのが楽しいこけしである。今夜は、そんな秀雄さんのこけしを紹介しよう。

大沼秀雄さんは昭和33年の秋から本格的にこけし製作を始めたのであるが、父の竹雄さんは既に亡くなっており、母のみつをさんが作るこけしをお手本とした。その詳細とこけしは第56夜に記載した通りである。

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さて、写真(2)をご覧頂きたい。右から2本目は先日、ヤフオクで入手したこけし、左から2本目は以前から持っていたもので署名はない。そして左端は、みつを作で57才(昭和35年)の署名がある。「こけし辞典」によれば『初期の作は眼点の輪郭がはっきりしたやや甘いこけしであったが、次第に完成度を高め昭和35年ころには勢いのある見事なこけしになった。この時期の作は<事典>に収録されている。』とある。<事典(こけし事典)>の写真をみると、視線の鋭いこけしであることが分かる。写真(2)中央2本の秀雄こけしも、33年作と比べるとやや下目ではあるが表情はきつい。そう思って、左のみつをこけしを見ると、やはりきつい表情になっており、秀雄さんがこのみつをこけしに倣っているのが分かるのである。特に右から2本目のこけしでは左の眉尻がやや吊り上がり気味なのも、みつをこけしに似ている。この頃までの秀雄さんは、未だみつをさんのこけしを忠実に写していたのであろう。なお、初期の秀雄こけしの胴模様は殆どが重ね菊であるが、ロクロ線無しの白胴には楓模様を描いている。これも、みつをさん(右端)に倣ったものであろう。

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