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第621夜:弘道の42年作とその周辺

Hiromichi_s42_kao

昨夜は、弘道の太子型の変遷を見てきて、昭和33、34年作に行きついてしまったが、その中に弘道の42年作が無かったため、弘道のもう1つのピークと言われている42年のこけしについて触れることが出来なかった。42年の弘道こけしについては、既に第22夜で解説しているが、その後入手した42年、43年作も含めて、周辺のこけしとして今一度見直してみたいと思う。口絵写真は42年作の弘道こけしの顔アップである。

Hiromichi_s42_hikaku

先ず、写真(2)をご覧頂きたい。右から3本(8寸)が昭和42年のこけし(右から3本目が第22夜で紹介したもの)。右から4本目(6寸)と5本目(8寸)が43年、左の2本(6寸と8寸)は45年のこけしである。42年作は本型2本と古型1本の3本を入手することが出来た。この42年作は「木の花(第参拾号)」によれば、前半と後半で若干違いがあるとのこと。頭の丸さ、前髪の本数、目の位置から、右2本を前半(前髪10本)、左(前髪9本)を後半としてみた。前半の右2本は丸頭で両目の間隔も開き気味で明るい表情であるが、左は頬が狭まり下目のため、やや寂しげな感じを受ける。ほんの僅かな違いなのであるが印象はかなり違う。この42年作の本型は胴の赤の太い波線と紫の波線が2段で、首下の赤ロクロ線は1本であるなど、他の時期の本型とは明らかな違いがある。右から4本目は43年3月の署名がある。頭はやや角ばってきて、前髪は根元が太くなり所謂「悪魔の爪」状になる。目の位置は上がるが、左目が下がるようになる。胴の波線の様式は2段で変わりないが、首下の赤ロクロ線は2本となる。左から3本目も43年頃の作。目の描法は変わらないが、頭は縦長となる。肩口の3本のロクロ線が緑なのは太治郎の古いこけしの様式を取り入れたもので珍しい。この辺りまでは、特徴的な潰し目が顕著であり、42年のピーク期の余韻を残していると言えるだろう。左の2本は45年頃の作。目は潰し目であるが下瞼が長くなり、黒目も大きい。太治郎型としてはあまり特徴のないこけしとなっている。こうして見ると、丸頭に小さな潰し目の42年作は、やはり魅力的なこけしであることが分かる。42年作は33年、34年作とは別趣の「弘道の微笑み」を持っており、得難いものである。

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