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第642夜:天野正右衛門のこけし

Amasyo_s30dai_kao正月三が日も終わり、昨年までなら今日から仕事が始まるのであるが、退職した今はそういう制約もなく、ゆったりとした正月が続いている。少しの後ろめたさとそれなりの嬉しさが交差している正月である。昨夜紹介した佐藤養作の関係で、今夜は天野正右衛門のこけしを紹介したい。口絵写真は、その正右衛門こけしの表情。

鳴子系の天野正右衛門は明治43年、山形県北村山郡東根町の生まれ。昭和元年に17才で岡崎齊に弟子入りして木地修業。昭和2年、岡崎才吉の職人となった後、昭和4年5月に東根に戻り店を出した。当初はこけしも作ったが、昭和7,8年頃より旅館業に専念して、こけし製作は止めた。昭和14年頃に秀島氏の依頼で復活、「こけし加々美」に写真掲載された。旅館業が本業だったため、製作数は少ない。戦後は昭和34年頃に岡崎齊の工場で20本程製作したほか、岡崎一家の木地に少数、描彩した。昭和40年9月没。56歳。

Amasyo_s30dai

写真(2)が本稿のこけしで、大きさは7寸。戦後の昭和30年代の作で、岡崎家の木地に描彩をしたものであろう。戦前の自挽き木地は頭の角張った蕪形で独特の趣があるが、本作はやや縦長の丸頭で典型的な岡崎家の形態である。前髪、鬢ともに小さく、表情も筆に勢いがないが、控えめでおとなし面描は岡崎家の伝統を引き継いでいるとは言える。胴の重ね菊は中央の花弁が立ち、花弁の間に茎を描く独特の描法である。

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