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第674夜:佳樹の幸兵衛型

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善二一家の幸兵衛型は善二の死後、息子の佳樹さんに引き継がれていくのだが、感性豊かでアイデアマンの佳樹さんの幸兵衛型は次第に幸兵衛からは離れていくようになる。私がようやく津軽に出掛け、佳樹さんに会ったのは平成15年の7月のこと。気さくで話上手な佳樹さんと和やかな歓談を楽しんだ。ただ、この時は佳樹さんのこけしは無く、期待していた幸兵衛型も入手することはできなかった。工房兼自宅の1階が木地挽き、2階で描彩を行うとのことであり、この2階には幸兵衛こけしの写真がたくさん置かれており、これから幸兵古作にも挑戦するとのことであった。口絵写真は談叢幸兵衛の表情である。

Yoshiki_danso_kobe_hikaku

写真(2)にその後の佳樹さんの幸兵衛型を示す。佳樹さんのこけしは本人型や観音こけしが中心だったとみえ、純粋な幸兵衛型はあまり見かけない。左端は胴底に「温湯 幸兵エ型 佳樹」の署名と「H8.1.16」の書き込みがある。紫葉の幸兵衛型で桜材を使用している。第672夜で善二の同型を紹介している。真ん中は「こうべい 佳樹」の署名と「H14.9 ろくろ祭りにて」の書き込みがある。左と同型(但し、緑葉)と思われるが、頭が角ばり、目は見開いたように大きく眼点は小さい。かなりアレンジされた幸兵衛型と言えるだろう。そして右端は「温湯 幸兵衛型 佐藤佳樹」の署名と「H15.11.14 山形 みちのくコンクール」の書き込みがある。「木形子談叢」に掲載されている幸兵衛こけしの写しである。私が7月に訪問した折、取り組んでいた幸兵衛古作への挑戦の成果なのであろう。それから僅か3年あまり。平成19年1月、佳樹さんは59歳という若さで亡くなってしまった。幸兵衛への挑戦は志半ばで途絶えてしまったのである。善二一家の幸兵衛型はここで終焉を迎えることになったが、幸兵衛型は善二の多くの弟子に引き継がれ、今や盛秀型と並んで津軽こけしの双璧を担うまでになっている。盛秀型を作ることが許されなかった善二の思いと功績は忘れてはならないだろう。

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