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第663夜:喜代治のこけし

Kiyoji_s29_kao今日から2月である。間もなく立春を迎えるというのに、本格的な寒さはこれからなのであろう。温暖化の弊害が色々と叫ばれている中、しっかりと寒い冬も貴重なのかも知れない。さて、今夜は1月の友の会例会で入手した喜代治のこけしである。喜代治のこけしは前から良いものを欲しいと思っていたが、なかなか惹きつけられるもので出会わず、ようやく渇望感を癒す作に巡り会えたという思いである。口絵写真は、その喜代治こけしの表情アップ。

肘折系の奥山喜代治は明治38年、山形県北村山郡大久保村(現村山市)の生まれ。大正10年17歳の時、奥山運七の養子となり、木地修業を始める。大正12年秋には最上木工所で佐藤三治の弟子となり昭和4年まで働いた。その後は肘折温泉で父運七と共に木地業に従事し、こけしも作った。昭和13年には冬場の北海道に出稼ぎに行き、16年から21年までは炭焼きに従事して、こけしは殆ど作っていない。22年頃からは山仕事が主で冬場には木地も挽いた。その後、徐々に木地業の比重が高くなり、40年頃から殆ど木地専業となった。昭和47年1月15日没。68歳。

Kiyoji_s29_hikaku

写真(2)が今夜のこけし。大きさは7寸である。戦後の喜代治は30年代前半までは頭が大きく胴は細めで、グロテスクな表情の情味あるこけしである。30年頃からは胴下部のロクロ線が上がり、畳付きとの間に余白が出来て来る。34年頃からは目の幅が短くなって明るく愛らしい表情となり、肘折系特有のグロテスクな味わいは影を潜める。また、前髪から放射線上に引かれる赤い飾りの本数が5本に増える。本稿のこけしは、以上のような特徴から昭和20年代末頃のものと思われる。昨夜の政五郎同様、前面の退色が大きく、緑の茎・葉とロクロ線は僅かに残る程度である。本来なら、写真(2)右の後面のように、赤と緑の鮮やかな色彩があったものと思われる。

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肘折系」カテゴリの記事

コメント

鈴木征一さんが今はお作りになっておられますが、喜代治さんのこけしは更にグロテスクというか妖艶ですね。こんなおかみさんがいたら、ついついその店に通ってしまいそうです。

投稿: kuma | 2012年2月 3日 (金) 20時07分

kuma様
肘折系も今や征一さんが孤軍奮闘の状況。今後が心配です。あの喜代治さんの表情は、頼んでも出来る物では無いのでしょうね。他にも幸之助、政五郎、重之助など、肘折の工人は何とも魅力的な顔を描きます。それが肘折の風土性だと言われているのですが、私は未だ肘折には行ったことが無く、何とも…。

投稿: 国恵志堂 | 2012年2月 3日 (金) 22時22分

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