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第688夜:たつみ以前の巳之助こけし(昭和型)

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佐藤巳之助のこけしと言うと民芸店「たつみ」で頒布された物が有名で評価も高いが、私は「たつみ」以前の巳之助こけし(周助型)にも興味を持っていた。その昭和34年作は特異な前髪が顕著であり第322夜で紹介した通りである。その周助昭和型の中でも、32年作が以前から気になっていた。それは「こけし春秋(No.76)」や「東北のこけし」に写真掲載されている。3月の友の会例会の入札で、その32年作を入手することが出来たので、今夜はそれを紹介したいと思う。口絵写真は、32年作の表情である。

巳之助の戦後作で、周助の昭和型と思われる作品は、この32年作より以前のものを見たことがない。また「こけし春秋」では、この32年作の説明で『1尺32年4月作。頭上のリボンの赤の部分が黒であり、周助型の初期の作であろう。』とある。従って、この32年作辺りが、巳之助の周助(昭和型)の始まりと考えて良いだろう。

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写真(2)の右が本項のこけし。真ん中は34年作(第322夜参照)で、左は「たつみ」での昭和型初作(第345夜参照)である。さて、この32年の昭和型であるが、これを作るに当たって巳之助が参考にしたこけしは何なのか考えて見た。前述の「こけし春秋」には、昭和41年春頃の作が(27)として載っており、その解説には『(27)1尺は「美と系譜84」の左端の現代型で名和蔵1尺(「こけし・人・風土65図」)を原作とするものであろう。周助本型と呼称されているもので、・・・。周助本型は(27)以外にはたつみでは頒布されなかった様である。』と。「たつみ」での周助昭和型の復元は、この後、写真(2)左のこけし(41年12月作)まで行われていない。従って、「たつみ」での本格的な周助昭和型の復元は昭和型初作(41年12月作)以降と考えられる。それまで作られた巳之助の昭和型は、全て名和蔵1尺を「原」としたものなのであろう。

さて、本項のこけしは大きさ9寸8分、胴底に「32.5.12」の鉛筆書きがあり、「こけし春秋」の掲載品とほぼ同時期の作と思われるが、頭頂部のリボンは黒ではなく赤で描かれている。頭部はやや横広気味で前髪も厚くなく、整った凛々しい表情である。その後の「たつみ」での復元作のような誇張もなく素直な出来である。バランス的にはやや胴長のようにも思えるが、周助昭和型として胸を張れる出来映えだと思う。この様なこけしが2年も経ずして、真ん中のような前髪の厚いこけしになってしまったのはどうしたことであろうか。参考にしたと思われる名和1尺の前髪は本項のこけしよりはやや厚めではあるが、真ん中ほどではない。

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コメント

「たつみ」復元作以前のものは、復元作の迫力はありませんが、その分素朴で健康的な味わいがあるようですね。
特に今回紹介のこけしはのびのびとして素晴らしい出来と思います。

投稿: かっぱ | 2012年3月28日 (水) 13時10分

かっぱ様
「たつみ」の復元作は確かに気力溢れる充実した佳作が多いので元気な時に眺めるのは良いのですが、安らぎを感じたい時にはちょっときついですね。その点、「たつみ」以前の作は心穏やかに眺められるこけしと言えますね。どちらが良いと言うのではなく、それぞれに良さがあるということなんでしょう。そういうこけしを沢山残した巳之助さんはやはり偉大な工人ということですね。

投稿: 国恵志堂 | 2012年3月28日 (水) 18時28分

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