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第680夜:大震災から1年(和紀の初期作)

Kazu_syoki_kao

あの東日本大震災が起こってから明日で1年になる。ここ数日、テレビでも震災特番が数多く放映され、あの大震災を思い起こし、更なる復興への支援を呼びかけている。鳴子の是伸さんから千葉そごうでの実演の案内状が届いた。昨年は案内状を受け取った直後の震災で実演は流れてしまった。あれから1年、復興はまだまだの感が強く、東北のこけし産地も厳しい状況が続いているが、こけしによって癒されることは多い。こけしを通じて支援ができればと思う。さて、今夜は陳野原和紀の初期こけしを取り上げてみたい。口絵写真はその表情。

先日、ヤフオクで和紀の初期のこけし3本を一括で入手した。内2本は初期の粂松型であり、入札の目的もこの2本であった。ところが、送られて来た3本のこけしを見て、それまで気にもかけなかった残りの1本が急に気になりだした。それは、「こけし辞典」の陳野原和紀の項に記載されていた次のような解説を思い出したからである。『43年5月の初作のころは弘道と佐志馬をつきまぜたような胴や現在の定巳風の胴に紡錘形の目の童女面を描いていた。』と。

Kazu_syoki_hikaku

写真(2)右が本項のこけしで、左は第97夜でも紹介した最初期(43年5月8日)の粂松型(風)こけし。今まで「こけし辞典」に書かれていた『紡錘形の目』とは左のこけしに見られるようなものと思っていた。ところが、右のこけしはその胴模様が佐志馬風であることは一目瞭然。従って、このこけしが「こけし辞典」で指摘されている粂松型以前の和紀の初期こけしと言われるものだと思うのである。但し、右のこけしが先に作られ、その後左のこけし、そして粂松型へと単純に変化していったかと言うとどうもそうではなく、右のこけしは暫くの間、左のこけしや粂松型と同時に作られていたように思えるのである。言い換えると、右のこけしが当時作っていた和紀のこけしなのであり、それに対して鹿間氏が働きかけて作らせたのが左のこけし以降の粂松型なのであろう。それは胴底の署名から推測されるものである。

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コメント

和紀さんの貴重なこけし画像ありがとうございます。
素直な童女のような顔が和紀さんのお人柄を偲ばせますね。
和紀さんは若くしてお亡くなりになったので残念です。

土湯にも和紀さんの作はあまり無いようです(私が知らないだけかもしれませんが・・・)

こけしを見ていると本当に心癒されます。

投稿: ピノ助 | 2012年3月11日 (日) 12時49分

ピノ助様
和紀さんのこのような素朴な顔のこけしはあまり無いかも知れませんが、ふとした所で見つかるかも知れません。地道に探して見て下さい。ほんとうに、こけしは癒しの人形ですね。

投稿: 国恵志堂 | 2012年3月11日 (日) 22時56分

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