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2012年4月

第701夜:堂号と収蔵印2

Seishi_seisuke_s45_kao第645夜で収蔵印を作った話をしたが、今回、本ブログをご覧になった愛好家の方から、篆刻印を頂いた。大きさ2.2cmの大印で「国恵志堂収蔵」の文字が刻まれている。以前作ったものは1.2cmの中印で大きい印も欲しいと思っていたので、有り難かった。この場を借りて、御礼申しあげます。さて、今夜のこけしは、先日の友の会4月例会で入手した高橋精志の精助型。抽選品で出ていたが最後まで残っており、私の番まで回ってきたのである。口絵写真はその精志のこけしの表情。

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第700夜:福寿勘治型の変遷

Fukujyu_kanji_s32_kao_2今夜で700夜に到達、ようやく7合目まで来たことになる。我ながら良く続いていると思うが、これも本ブログを見に来て下さる皆様のお陰である。さて今夜は私のこけし収集の原点である福寿さんの勘治型を改めて見直してみたいと思う。先週のヤフオクに福寿さんの古い勘治型のこけしが2本出ていた。かなり汚れているうえ2本の内大きい方は後頭部に縦に大きな割れがあるためか他にはなかなか入札者が現れず、結局直前に同好のH氏が現れたものの安価に落札させて頂いた。口絵写真は大きい方の勘治型の表情である。

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第699夜:友の会4月例会(H24年)

1204reikai_omiyage_kao今日は東京こけし友の会の4月例会があり、出席したのでその報告である。せっかくの春が冬戻りしたような天気の中、本日の出席者は56名。このところ70名を越える盛況な月が続いていたが、昨日今日と土湯こけし祭りが開催されていること、4月は総会月で新品頒布もなく、それが若い方々の出席に影響を与えたのかも知れない。例会ギャラリーは善吉こけしと荒川洋一さんによるその写しの話があった。中古品の頒布、抽選・入札品の頒布があって第一部は終了。こけし界ニュースを挟んで第2部の総会が開催された。吉田会長が退任され(相談役となる)、目黒氏が新たに幹事に就任し、橋本氏が新会長に就任した。口絵写真は、83歳である会田栄治さんのおみやげこけし。

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第698夜:光洋展(横浜そごう)

120418koyoten_hina昨17日(火)から23日(月)まで、横浜のそごう百貨店にて「宮城県の物産と観光展」が開催され、仙台の朝倉光洋さんが出店するとの連絡があったので、今日覗いて来た。会場は、そごうの8階催事場で、その一角に光洋さんのコーナーがあった。昼頃着いたので光洋さんは昼食のため席を外しており、展示品を見ながら暫く待つこととなった。係の人が連絡をしてくれて、やがて光洋さんが現れた。口絵写真は光洋さんの雛こけし。

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第697夜:安太郎74歳

Yasutaro_74sai_kao山形系の鈴木安太郎のこけしは第576夜でその戦前作を紹介した。角張った頭に直線的な眉、目、鼻を描き、ロボットのような茫洋とした表情と、赤と緑の細いロクロ線を胴上下に配し、その間に簡素な赤い花を大きく描いた描彩が良くマッチして、古風さの中に風格を湛えたこけしだと思っている。昭和18年頃まで作成していた安太郎は戦後は昭和30年に復活して以後長くこけしを作っていた。今まで戦後作についてはあまり興味を持っていなかったが、先日久し振りに74歳作を入手したので紹介したいと思う。口絵写真は、その表情。

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第696夜:健三郎71歳

Kenzaburo_71sai_tatiko_kao東京近郊の桜も満開から散り始めとなり、これから新緑に向けて一年で一番良い季節となる。私は新緑のいかにも生命の息吹を感じさせる淡い緑色が好きである。さて、今夜は先日入手した大沼健三郎の立ち子を紹介したい。ここのところ鳴子系のこけしが続いており、少々食傷気味で飽きられているかも知れないが、勘弁願いたい。「木の花(第拾九号)」に『ピーク期のこけし』として掲載されているものと同型のものである。口絵写真は、その表情である。

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第695夜:日出男の甚四郎型(自分史探訪②)

Ishihara_jin4ro_kao4月4日(水)、自分史探訪の旅(第2回)に出掛けて来た。小学5年生の時に東京目黒区から埼玉県の朝霞市に引っ越したので、そこが今回の目的地であった。池袋から東武東上線で志木駅まで行き、先ずは平林寺に行ってみる。平日のせいか観光客は少なく、静かな境内を楽しむことが出来た。そこからバスで朝霞台駅に戻り、ここから小学5年生から中学2年までを過ごした地を巡る。引っ越した昭和30年代中頃からの変化は激しく、当時を偲ばせるものは僅かであった。虫取りに明け暮れた武蔵野の雑木林はマンション群に置き換わり、鬱蒼とした雰囲気は明かるい街に変わっていた。小学校に行ってみる。春休みのためか校庭で子ども達が遊んでおり、開いていた脇の入り口から中に入る事が出来た。流石に校舎は全て新しく建て変わっており、校庭脇の数本の木々が当時を面影を残しているだけであった。あの二宮金次郎像(尊徳)は残っているかと捜してみた。玄関脇に堂々と立っていた尊徳像は、それでも校舎の端の方にしっそりと立っていた。当時どこの小学校でも普通に見られた尊徳像も、今では殆ど見られなくなってしまっただけに安堵した。口絵写真は、前回のつどいで入手した石原日出男の甚四郎型の表情である。

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第694夜:美と系譜のこけし(実の甚四郎型)

Minoru_jin4ro_s40_kao
昨夜は佐藤(桜井)実の岩蔵型を取り上げた。岩蔵型は兄昭二の代表作であり、弟子の五十嵐勇も作っている。そのまま岩蔵型を続けて行くのか、実は悩んだことだろう。その実が叔父である甚四郎の型を作るようになった事情は良く分からない。ただ、「こけし手帖(50号)」の実紹介記事の中で、兄昭二の言として『・・・、最近はとてもうまくなり、手すじは父(万之条)の兄である大沼甚四郎によく似ているように思う』とある。こんなところから誰かの勧めもあって、甚四郎型に挑戦しだしたのであろう。甚四郎型の復元は昭和38年からで、深沢コレクションの甚四郎を追求したものだと言う。翌39年の第6回全日本こけしコンクールで実の甚四郎型は日本放送協会賞を受賞する。この受賞で、実の名前もこけし界に知れ渡るようになり、以降、この甚四郎型が実の代表作となったのである。口絵写真は昭和40年の甚四郎型の表情である。

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第693夜:昭二と実

Minoru_s30naka_kao昨夜は、桜井昭二とその弟子五十嵐勇のこけしを比較してみた。今夜は、昭二とその弟佐藤実のこけしを比較してみたい。佐藤(桜井)実は昭和7年、鳴子の生まれ。桜井万之丞の次男である。昭和20年、小学校を卒業後、父について木地修業をし、22年頃からこけしの木地を挽いていた。自身のこけしを発表のは32年からとのことで、33年発行の「こけしガイド」で初期作が紹介された。また、38年発行の「こけし手帖(50号)」で岩蔵型が、39年発行の「こけし手帖(55号)」で甚四郎型が紹介されている。父について木地修業したとは言え、実際には兄昭二からてほどきを受けたと思われ、最初は昭二が作っていた岩蔵型を作るようになったのは自然なことであったと思われる。

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第692夜:昭二と勇

Isamu_s30naka_kao
4月になり、すっかり春めいた気候になってきた。この冬は寒いこともあり、また長期間体調を崩したこともあってあまり身体を動かさなかったことで、身体の節々がスムーズに動かなくなった。このままではまずいので、とにかく外で身体を動かすことが大事と思い、万歩計を付けてランニングに行ってきた。ランニングと言っても歩いているのと殆ど変わらない速さである(苦笑)。1時間45分で約13,300歩。疲れた割に歩数は伸びなかった。ちょっと風はあったものの、暖かい日差しの中、道端には春の花が咲き誇り、何とも気持ちの良いランニングであった。さて、今夜のこけしは鳴子系の五十嵐勇さん。勇さんは昨年の10月に惜しくも亡くなられた。口絵写真はそのこけしの表情。

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