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第695夜:日出男の甚四郎型(自分史探訪②)

Ishihara_jin4ro_kao4月4日(水)、自分史探訪の旅(第2回)に出掛けて来た。小学5年生の時に東京目黒区から埼玉県の朝霞市に引っ越したので、そこが今回の目的地であった。池袋から東武東上線で志木駅まで行き、先ずは平林寺に行ってみる。平日のせいか観光客は少なく、静かな境内を楽しむことが出来た。そこからバスで朝霞台駅に戻り、ここから小学5年生から中学2年までを過ごした地を巡る。引っ越した昭和30年代中頃からの変化は激しく、当時を偲ばせるものは僅かであった。虫取りに明け暮れた武蔵野の雑木林はマンション群に置き換わり、鬱蒼とした雰囲気は明かるい街に変わっていた。小学校に行ってみる。春休みのためか校庭で子ども達が遊んでおり、開いていた脇の入り口から中に入る事が出来た。流石に校舎は全て新しく建て変わっており、校庭脇の数本の木々が当時を面影を残しているだけであった。あの二宮金次郎像(尊徳)は残っているかと捜してみた。玄関脇に堂々と立っていた尊徳像は、それでも校舎の端の方にしっそりと立っていた。当時どこの小学校でも普通に見られた尊徳像も、今では殆ど見られなくなってしまっただけに安堵した。口絵写真は、前回のつどいで入手した石原日出男の甚四郎型の表情である。

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写真(2)右は、小学校の校舎と歴史を語る石碑。そして左が二宮尊徳像。私が小学6年生の時に毎日見ていたものである。その風雪に晒された姿に思いが馳せる。

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昨夜との関連で、石原日出男の甚四郎型を取り上げてみた。甚四郎型のこけしは、昨夜の佐藤(桜井)実を始め、甚四郎の養子である大沼俊春が自身の主力こけしとして作っており、また桜井昭二も余技に作っていた。写真(3)に日出男の鳴子型こけしを並べて見た。大きさはほぼ6寸。右3本は胴底の署名が全て「日出男」となっており同時期の作と思われるが、左端の甚四郎型は「日出男描く」と署名されており、「1965.7.10」の書き込みがある。甚四郎型としては早い時期のものと思われる。達筆でさらっと描いた風情は古鳴子の雰囲気を良く出しており、優れた描彩者と言ってよいだろう。

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