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第709夜:安太郎のこけし(戦後)

Yasutaro_s34_kao昨日の金環日食に続いて今日は東京スカイツリーのオープンとビッグなイベントが続いたが、今日は生憎の雨模様。スカイツリーも展望台から上はガスの中に霞んでいた。さて、昨夜は安太郎の戦前のこけしを紹介した。また、戦後の74歳のこけしは第697夜で紹介したが、戦後の安太郎こけしは変化が大きいので、改めてその変化を眺めて見たいと思う。口絵写真は、昭和34年の安太郎こけしの表情である。

昨夜も触れた「こけし手帖191号」の『鈴木安太郎を偲ぶ』によると、戦後の安太郎は昭和30年、しばたはじめ氏のすすめによりこけし製作を開始し、家業(棺屋)を息子の晃悦にまかせて、こけし作りに専念したとある。こけしブームの到来とともに愛好家の注文や他の工人のこけしの影響もあって、安太郎は自身のこけし製作に迷いを生じ、それと共にこけしも変化していったようである。土湯系に似た線描き胴太のこけしを作ったりしたともある。

Yasutaro_s34_hikaku
写真(2)に手元にある戦後の安太郎のこけしを並べて見た。右端は昨夜紹介した戦前の安太郎。右から2本目は昭和34年の6寸2分。頭が丸くなり面描に力強さがなくなったが、まだ戦前の名残を感じさせるこけしである。右から3本目(3寸1分)、4本目(4寸)は作り付けで35年3月の書込がある。たった1年で全く変わってしまった。頭は小さく胴は太くなって形が良くない。面描、胴の花模様ともちまちましたものとなり安太郎らしさが失われてしまった。右から5本目(36年8月)は作り付けの4寸6分で、手帖に書かれていた土湯系の地蔵型を模したものであろうか。この3本は、こけし作りに迷っていた頃の作品なのであろう。左端は74歳(44年)の5寸3分。これは戦前作を模したものであろうか。面描は異なるものの、木地形態や胴のロクロ線、ぼってりとした花模様は戦前作を彷彿させるものである。

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コメント

こけしの顔の好ききらいは、本当に人によって様々。
またそれが収集する方の個性も表れ楽しいですものね。
昨夜の安太郎のお顔の方が、私は好きでした。
同じ作者でも、年代によって猫彩が変わってくるのも
こけしを買う楽しみなのだな、と、
このブログに来るとしみじみ感じます。

投稿: kuma | 2012年5月24日 (木) 11時48分

kuma様
こけしを集め始めて暫くすると、自分の好きなこけし、好きな工人が出来てきますね。そうすると、その工人の色々な型や模様を集め、やがて古いこけしも手に入れたくなる。そうして、色々な時期のこけしが集まってくると、そこでまた特に好きなものとそうでもないものが出てくる。同じ工人のこけしでも作られた時期によってかなり変わることもあります。戦前、戦後と作っている工人の場合は特に変化が激しいですね。こけしはそれが作られた時代と無縁とはいきません。こけしを見ることで、その時代背景に想いをはせるのも楽しいものです。

投稿: 国恵志堂 | 2012年5月24日 (木) 23時49分

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