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第707夜:孝太郎の睫こけし

Kotaro_matuge_kao昨日掲載した「こけしプレゼント」に初日から多くの方々のご応募を頂き、驚くと共に恐縮しております。プレゼントできるこけしは限られており、三春文雄、荒川洋一両工人のこけしは早々と抽選になることが決まってしまいました。せっかくのご期待に応えられないことを残念に思っております。柿澤是隆、長谷川正司両工人のこけしは本数が多いこともあって、まだ余裕がありますので、ご応募をお待ちしております。なお、応募締切は5/23(水)です。

さて、今夜は青根温泉の菊池孝太郎の睫こけしを紹介したいと思う。口絵写真はその表情。

こけしに関する各種文献を読んでいると、そこには色々と特徴のあるこけしのことが書いてあるが、その写真が載っていることは少なく、それが実際にどういうものであるかは分からないことが多い。そういうものについて紹介するのも本ブログの役割かと思っている。「こけし辞典」の菊池孝太郎の解説をみると次のように書いてある。『昭和30年代の作は瞼の両端著しく垂れ下りユーモラスな情味を出していた。このしだれ柳式筆法はそのころの吉之助と競合的であった。また睫を描いたのもある。』と。

Kotaro_matuge_hikaku
写真(2)右は先日ヤフオクで入手した孝太郎の睫こけしで大きさは7寸1分。左は戦前(昭和13年頃)の孝太郎、6寸9分で第446夜で紹介した。本項の孝太郎は目が下がっており、睫まで描いているので戦後の新型こけしの影響をかなり受けていると思っていたが、良く調べてみるとどうもそうではないらしい。「こけし辞典」に掲載されている孝太郎(昭和10年)はかなりの下目で眉と目の間隔も離れており、胴の木地形態、大振りの三段の重ね菊模様など、睫を除いて本項のこけしと似ている点が多い。戦前のこけしでは鳴子の武蔵など、下目のこけしは結構みられるのである。また睫に関しても、「愛こけし」に昭和8年頃の一側目の孝太郎が載っているが、良く見ると睫が描かれている。戦前の孝太郎は昭和13年で転業しているため、本項の作は戦後の復活間もない頃の作で、戦前の俤をそのまま残していると言えるだろう。なお、昭和33年11月に発行された「こけしガイド」に戦後の孝太郎こけしの写真が載っているが、本項のこけしとの差異は一目瞭然で、その変化の大きさに驚かされるのである。

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コメント

菊池幸太郎、まつ毛のついたこけしがあったのですね。
保存のよいこけしを鮮明に見ることができてうれしいです。
愛らしい表情は、同時代に青根にいた鈴木幸之助と通じるものがあるのでは、と思いました。

投稿: かっぱ | 2012年5月17日 (木) 22時56分

かっぱ様
コメントありがとうございます。
鈴木幸之助ですか、なるほど。
幸之助というと肘折が思い浮かんでしまい気付きませんでした。

投稿: 国恵志堂 | 2012年5月20日 (日) 22時59分

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