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第710夜:蔦作蔵の髷こけし

Tutasaku_sengo_mage_kao金環日食で始まったイベント満載の一週間も、週末を迎えてようやく落ち着きを取り戻したようだ。また、23日に締め切った本ブログのこけしプレゼントにも多くの方々の応募を頂き、この週末に抽選を行って当選者を発表する予定である。本ブログも700夜を超えたものの、未だ取り上げていない工人、こけしもあり、そういうものに関しても出来るだけ紹介していきたいと思っている。今夜は、そんな工人の中から蔦作蔵を取り上げて、その髷こけしを紹介したいと思う。口絵写真は戦後の髷こけしの表情である。

弥治郎系の蔦作蔵は明治25年の生まれ。明治31年、7歳の時に両親が亡くなったために里子に出された。その後、明治40年、16歳の時に佐藤勘内の弟子となり木地修業を始めた。こけしは主として勘内の父栄治に習い、大正2年4月より小野川温泉で独立・開業した。作蔵は、栄治伝来のこけしの他、戦前からモンペこけし・髷付き・かんざし付き等、各種の変形こけしも作り、当時の新型の魁となった。

Tutasaku_sengo_mage_hikaku

写真(2)は作蔵の髷こけしである。左から5寸、3寸、1寸(2本)である。この髷こけしは頭に髷を付け、胴模様は前垂れの着物で、胴全面の小さな花模様を描いている。「愛玩鼓楽」には戦前の髷こけしが豆こけしも含めて多数掲載されているが、頭頂部の髷は一様に平たい。写真(2)の左2本は髷が大きくなっており、戦後のものであろう。

Tutasaku_senzen_mage_2hon
写真(3)は写真(2)の1寸豆こけしを大きく写したもの。左のこけしには胴底に「小野川」の書込みがある。この2本はヤフオクに2本一緒に出品されたものを入手したものであるが、木地形態、描彩にやや違いが見られる。「愛玩鼓楽」には同様の1寸豆こけしが2本掲載されており、それらは昭和10年作となっている。但し、本稿の左のこけしは髷の大きさや赤い飾り、目の大きさや頬紅などから、やや後(昭和14年頃)の作かも知れない。

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コメント

大寸は作蔵らしくない不思議なこけしですね・・・

投稿: しょ〜じ | 2012年5月26日 (土) 07時00分

しょ〜じ様
コメントありがとうございます。
一応胴底に「蔦作蔵」と書込みがあったので、作蔵としましたが、どうなんでしょうね?
戦後の作蔵の作例をあまり知らないので、私もよく分かりませんが…。

投稿: 国恵志堂 | 2012年5月26日 (土) 23時47分

可愛らしいですね!
花柄の前掛けと言い、髷の大きさと言い。
お顔もきょとんとして。
どなたか、このこけし作っていないものでしょうか。

投稿: kuma | 2012年5月28日 (月) 22時23分

kuma様
カメイ美術館の「最新工人録」改訂版に、小野川の蔦文男さん(蔦作蔵長男)が載っており、髷こけしの写真もあるので、頼めば作ってくれるのではと思いますが…。

投稿: 国恵志堂 | 2012年5月30日 (水) 18時07分

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