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第744夜:本多信夫のこけし

Nobuoh_s14_kao中の沢の本多信夫のこけしを入手することが出来た。このひと月程で、岩本芳蔵、酒井正進に続いての入手で、出品者が同一の方なので、戦前の昭和14年頃に集められたものなのであろう。戦前の中の沢では、岩本善吉、芳蔵の親子がこけしを作っていたが、善吉は昭和9年には没しているため、こけしブームとなった昭和14,5年頃には芳蔵、正進、信夫が三羽ガラスであった。芳蔵は、自身の本人型を作っていたが、正進、信夫は芳蔵の木地に、安藤良弘(工芸試験場の技師)が指導して描彩を行ったと言われている。口絵写真は、その信夫の表情である。

中の沢の本多信夫は大正7年、中の沢の生まれで、戦前は昭和10年頃より芳蔵の木地に描彩を行った。戦後は養子の洋の木地に描彩をしていたが平成7年に没している。描彩は安藤良弘の指導によるもので、芳蔵、正進とはまた違った趣がある。

Nobuoh_s14_hikaku

写真(2)は、三者のこけしを並べたもの。左から正進、芳蔵、信夫のこけしである。信夫のこけしは大きさが8寸、3人の中では一番平べったい頭に蛇の目模様、目は眼点の大きな一側目である。眉と上瞼のの描線は左右とも内側から外側に向けて引いたようで、外側が太くなっていて面白い。胴模様は椿であろうか。蕾を描かれている。同じ芳蔵の木地でも、3本とも形に違いが見られるが、これは描彩者毎に挽き分けたのではなく、芳蔵が挽いた色々な木地に、たまたま正進、信夫、もちろん芳蔵も描いたようだ。

Nobuoh_s14_bin_hikaku

写真(3)は、三者の横鬢を写したもの(右端は戦後の芳蔵)。3者とも違うのが面白い。特に信夫の鬢は下部を束ねており、これは戦後の芳蔵本人型の鬢と同様である。芳蔵の戦前作に同様の束ねた鬢があるのかどうか分からないが、この鬢様式は信夫が先に描いたものを、芳蔵が真似たものかも知れない。現物を直接見ることで、このような細かい点も確認できるのである。

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